最新記事

安全保障

核廃絶は世界の平和を破壊する

2010年4月13日(火)15時03分
ジョナサン・テッパーマン(国際版副編集長)

「核による平和」の論理は、物騒な取引の上に成り立っている。核戦争という最大の悪夢が起きる小さな可能性を受け入れることで、ややましな悪夢──通常兵器の戦争を防ぐ可能性を飛躍的に高めるという取引だ。最大の悪夢が起きる可能性が本当にごく僅かなら、十分に合理的と言えるだろう。

 この論理を心に留めておくことは重要だ。オバマは世界に核廃絶を訴えているが、この試みが挫折するのは目に見えている。

 ロシアと中国は、核放棄の意思をほとんど示していない。通常兵器で圧倒的に優位なアメリカと対等な立場を手に入れるには、核兵器が一番有効だからだ。両国はアメリカが一方的な核軍縮に踏み切らない限り動きそうにないが、米政府にその意思は見られない。

 たとえロシアと中国、それにフランス、イギリス、イスラエル、インド、パキスタンを説得できたとしても、元核保有国のどこかがこっそりと短期間で再核武装することへの恐怖は消えない。

 一方、イランと北朝鮮に核保有を断念させようとするアメリカの試みも、効果は期待できそうにない。国家が核武装を望むのは、自国の存続に危機感を抱くからだ。オバマ政権は前政権と違って体制転換こそ口にしないが、今後もイランと北朝鮮に圧力をかけ続けるはずだ。そして両国が危機感を抱いている限り、核武装の夢を諦めることはない。

敵国にも支援の準備を

 このような現実を考えると、オバマ政権は「核のある世界」をより安全なものにすることに力を注ぐほうが賢明だろう。そのためにはいくつかの措置が必要になる。

 核抑止力は、どの国が核を保有しているか、つまり攻撃してはならないかを世界中が知っていなければ機能しない。だからアメリカは、各国の核保有状況をできるだけ世界中に知らせ、危険な先制核攻撃の誘惑に駆られる国が出てこないようにする必要がある。

 アメリカはまた、ハーバード大学のグレアム・アリソン教授が提唱する「核の鑑識学」の発展を後押しすべきだ。この新しい学問は、誰がどこで核兵器を使っても、それを追跡して製造者や流出元を特定できるようにするもの。これによってならず者国家に圧力をかけ、核をテロリストに売るのは危険過ぎると思わせることができる。

 政治的にはこれより難しいが、同様に重要な措置は、すべての核保有国に「残存可能戦力による第2撃オプション」──つまり先制核攻撃を受けたら確実に反撃できる能力を持たせることだ。奇襲攻撃で敵を無力化しようとする国が現れるのを防ぐには最適の方法だ(プラウシェア財団のジョセフ・シリンシオーニによれば、小さな核貯蔵庫があれば可能だという)。

 最後に米政府はこれまでと同様、ロシアとパキスタンが核兵器を安全に管理できるように支援を続けるべきだ。この点で、管理体制の不十分な核の安全確保を支援するというオバマ政権の発表は歓迎できる。さらに新しい核保有国が登場した場合、たとえそれがアメリカの敵国だったとしても、同じ技術や訓練を提供する準備をしておく必要もある。

 それでは悪い行いに見返りを与えることになり、他の国々も核開発に走りかねないという批判もあるだろう。しかし、これによって事故による核ミサイルの発射から世界の人々を守れるとしたら、そのほうがずっと重要に思える。

 どの措置も世論の賛同を得るのは容易ではない。頭の回転が速いオバマのような秀才でも、その点は同じだ。だが国連安保理の「核サミット」を目前に控えた今、少なくとも率直な議論を行うことはできる。核兵器から(あるいは核兵器で)世界を守るための最善の戦略は何なのか──世界の現状を考えれば、議論を避けている余裕はない。

[2009年9月30日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米5月耐久財受注16.4%増、航空機受注急増が押し

ビジネス

米新規失業保険申請1万件減、継続受給件数は21年1

ワールド

米国防長官、イランの濃縮ウラン移動情報認識せず ト

ワールド

ロシア軍、ウクライナ東部でリチウム鉱床近くの集落を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 2
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉仕する」ポーズ...アルバム写真に「女性蔑視」批判
  • 3
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事実...ただの迷子ですら勝手に海外の養子に
  • 4
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 5
    【クイズ】北大で国内初確認か...世界で最も危険な植…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 8
    伊藤博文を暗殺した安重根が主人公の『ハルビン』は…
  • 9
    単なる「スシ・ビール」を超えた...「賛否分かれる」…
  • 10
    人口世界一のインドに迫る少子高齢化の波、学校閉鎖…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中