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イスラエル

ネタニヤフ「自由のために」の病的論理

2010年3月25日(木)17時33分
ケイティ・ポール

透けて見える両国の利害の対立

 妄想的な論理なのは確かだ。だが約10年にわたってアルカイダの思想について聞かされてきて、自由への憎悪が彼らの動機ではないことくらい誰しも分かっているはずだ。

 アルカイダはイスラエルのことを「自由の前哨基地」としてではなく、暴力的で帝国主義的な軍事的圧制者と捉えている。そしてアメリカのことは、同様に帝国主義的なイスラエルの軍事的パトロンだと考えている。

 こうした見方はアラブ世界に広まっており、その点から言っても国際世論を味方につける上で大きな問題といえる(もちろん中東の人々の大多数は、どう対応すべきかについてアルカイダと同じ結論に達したりはしないだろうが)。

 パレスチナ自治区のガザ地区を支配しているイスラム原理主義組織ハマスもアルカイダと同様の見方をしているが、両者の間にそれ以上の共通点はない。例えばアルカイダはアフガニスタンやパキスタンでアメリカと戦っているが、ハマスはイスラエルだけに狙いを絞っている。この2つを十把ひとからげに語るなどばかげている。

 イスラエルとアメリカを結び付けているのは、イスラム主義の壮大な陰謀から民主主義を守るという大義ではない。

 こうしたばかばかしいほど単純化された主張の裏には、もっと根本的なせめぎあいが隠れている。果たして両国の利害はどれほど重なっているのだろう。地政学における「友情」とは文字通りの意味ではなく「利害」に通ずる言葉だ。

チェイニー的議論は通用しない

 このことを念頭に、コンサルタント会社ストラトフォーは両者の費用便益分析について冴えた解釈を行なった。

 一言で言えば、イスラエルはユダヤ人入植地問題や和平交渉で強硬路線を採ることが自国の利益を高めるチャンスだと考えた。一方アメリカはそこに、自国の利益を損なう不必要なリスクを見出した。

 ネタニヤフは入植地問題で譲歩を拒み「条件付きの安全保障を受け入れるよりも自らの手で問題を解決する」とオバマ政権に言い渡した。これはアメリカの国益を足蹴にしたに等しい。

 さてここで「『自由』を尊ぶがゆえにイスラム武装勢力から憎まれる我々」に話を戻そう。

 ネタニヤフが「イスラム武装勢力」のイスラエルに対する憎悪は同国が西側と親密な関係にあるからだと主張したのは、アメリカの右派を味方につけて、バラク・オバマ米大統領から無条件で支持を取り付けるためだった。

 だがオバマ政権は、そんなことをすればイラクやイラン、中東のパワーバランス全体に関するアメリカの国益に反すると判断した。

 ネタニヤフはこの10年間、アメリカ人を動かすのに効果的だったチェイニー的な論点に頼ったわけだが、彼は計算違いをしたと私は思う。もはやこの手はアメリカ人には通用しない。もちろんアメリカ政府にも。

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