最新記事

米中関係

中国がアメリカに背を向ける理由

ますます愛国主義化する国民を恐れる共産党──中国に「アメリカ軽視」という勘違いが広がっている

2010年3月18日(木)12時04分
メリンダ・リウ(北京支局長)

視線の先は? アメリカへの憧れが薄れてきた(毛沢東像) China Photos-Reuters

 中国のアメリカ専門家にとっては、厳しい時代になった。長期間アメリカに滞在し、アメリカのことをじっくり学べた80〜90年代とはまるで状況が違う。

 当時は両国政府とも、中国人研究者がアメリカで見聞きしたものを本国に伝えることを強く望んでいた。中国の指導部は、アメリカ主導の世界システムの一員になることを願い、アメリカ政府に自国がどう見られているのかに強い関心を抱いていた。

 しかし近年、米政府はアメリカに長期間滞在して研究する中国人学者への研究費助成を大幅に削減した。中国政府も最近は、ほとんどアメリカに関心を示さない。中国はアメリカに対して文句を言うか、脅しをかけるか、協力を拒むかしかしなくなった。

 最近では、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世とバラク・オバマ米大統領が近くアメリカで会談を予定しているとホワイトハウスが明らかにしたことに、中国政府が激しく反発。米政府が台湾に多目的軍用ヘリ「ブラックホーク」や地対空ミサイル「パトリオット」など64億ドル相当の武器売却を決定したことにも、中国は怒りを隠していない。

 武器売却の決定を受けて、中国政府はアメリカとの軍事交流を停止。台湾への武器輸出に関連したアメリカ企業との取引を見送るだけでなく、正式に制裁を科す方針を初めて表明した。

 時代は変わったのだと、中国メディアは言う。共産党機関紙の人民日報系英字紙グローバル・タイムスによれば、変化の要因は2つある。「1つは中国世論の変化。中国人はかなり以前からアメリカとの外交的な駆け引きにうんざりしていた......もう1つは、中国の力が強まったことだ」

政府が恐れるネット世論

 こういう主張を目にすると、中国が自信満々だという印象を受けるかもしれないが、実際は違う。いま中国の指導者を突き動かしているのは、底知れない不安だ。

 社会が豊かになり、外の世界の情報がふんだんに入ってくるようになって、13億人を超す国民を管理することが昔より難しくなっている。中国の指導者はアメリカの目を気にしなくなったわけではないが、それ以上に国民の目を気にせざるを得なくなった。

 今や世論の動向を無視すれば、共産党支配の存続が脅かされかねない。「現在の中国政府はこれまでなかったほど、国民のナショナリズムの高まりに応えて振る舞いを決めなくてはならなくなった」と、中国屈指のアメリカ専門家との呼び声も高い北京大学国際関係学院の王緝思(ワン・チースー)院長は言う。

 中国政府は膨大な時間と予算をつぎ込んで、世論の動向を調べている。世論調査を委託したり、覆面調査員に一般市民の本音を探らせたりもしている。なかでも最大の情報源はインターネットだ。ブログや電子掲示板への書き込みは、国民の草の根レベルの感情を映す鏡とおおむね見なされている。

「世論とは主にネットユーザーの意見のこと」だと、中国人民大学国際関係学院の金燦栄(チン・ツァンロン)副院長は言う。「中国のネットユーザーは、アメリカより1億5000万人多く、3億8400万人。中国の指導者は方針を決める際、この層の多数意見に大きく注目する」

 中国政府がネット世論を意識して行動するとはぞっとする話だ。中国のネットユーザーの中心は、都市部の若い男性。最も愛国主義的感情を爆発させやすく、政府の対外的な「弱腰」に最も激しくかみつく層とぴったり一致する。もっとも、街頭の抗議活動などで最も暴走しがちな層を注視するというのは、政府にとって間違った発想ではない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インド、米国との貿易協議継続へ 関税50%に引き上

ワールド

トランプ氏、首都ワシントンに州兵派遣 警察を連邦政

ビジネス

アングル:統計局長解任で高まる米CPIの注目度、T

ワールド

トランプ米大統領、E・J・アントニー氏を労働統計局
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入する切実な理由
  • 2
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客を30分間も足止めした「予想外の犯人」にネット騒然
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    なぜ「あなたの筋トレ」は伸び悩んでいるのか?...筋…
  • 7
    「靴を脱いでください」と言われ続けて100億足...ア…
  • 8
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 9
    「古い火力発電所をデータセンターに転換」構想がWin…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 5
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 7
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 8
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 9
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 10
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中