最新記事

対テロ戦争

イエメンはアメリカの次の戦場か

米機爆破テロ未遂後、ワシントンに対イエメン強硬策を求める声が広がっている。下手をすればブッシュ政権の二の舞になりかねない

2010年1月7日(木)17時41分
マーク・リンチ(米ジョージ・ワシントン大学准教授〔政治学〕)

アルカイダの戦闘員を警戒し検問を行なうイエメンの警察官(1月5日) Ahmed Jadallah-Reuters

 昨年12月25日にノースウエスト機爆破未遂事件を起こした犯人はイエメンのアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」とつながりがあると見られている。このことを受け、イエメンに対して「何らかの行動」を起こすべきとの声が高まっている。

 バラク・オバマ米大統領はイエメン政府との連携が優先課題だと語り、ゴードン・ブラウン英首相はイエメン問題をめぐる国際会議を提唱。ジョゼフ・リーバーマン米上院議員はイエメンが次の戦場になると警告した。

 だが実際には、こうした動きは古典的な過剰反応の例となる危険をはらんでおり、そうなればまさにテロリストたちの思うつぼだ。

 オバマ政権はこれまで1年、イエメン問題に堅実に取り組んできた。だが今、対応を急ぎすぎることでブッシュ政権と同じ轍を踏む危機に直面している。

 イエメン問題で適切な対処を行なうには、この国と湾岸地域の複雑な政治事情をきちんと理解することが求められる。「何らかの行動」を取ったというアリバイ作りのために軍事介入や援助を検討するのではだめだし、単にアルカイダの問題だとかゲリラ対策の問題だと片付けてしまってもだめだ。

 アメリカによる直接的な軍事介入は言うまでもなくばかげている。アフガニスタンでの戦いを抱えているアメリカに、イエメンに回せるような兵力や装備ない。また、アラブ世界で新たな軍事介入を行なったりすればオバマ外交はボロボロになりかねない(いい面があるとすれば、イラン攻撃の可能性がぐっと減ることくらいだ)。

世界規模のテロ対策は不可能

 だがイエメン介入を正当化する机上の枠組みはすでに存在する。アメリカの新たな世界規模のテロ対策の大原則によれば、中央政府の支配が届かない地域や破綻した国家はテロリストの拠点となりやすい。だからこうした地域への支配を確立できるよう、テロ掃討のための軍事介入を行なって合法的な政府を支援しなければならない。

 この原則をイエメンに大ざっぱに当てはめると、同国政府は軍事力をてこに国土全体に実効支配を広げるべきだということになる。だがこんなことをすればさらに多くの反乱と、イエメン情勢のさらなる不安定化を招くことになる。

 もっと慎重に原則を適用するとすれば、新米安全保障研究センター(CNAS)のアンドルー・エグザム研究員らの最近の政策提言にもあるように、イエメン政府への広範な協力が求められることになる。

 ところでイエメンにおけるアメリカの利害の本質とは何で、アメリカにとって重要な事柄に影響を与えるにはどんな介入が必要なのか。そしてどうすれば、イエメンにおけるアメリカの行動をより幅広い戦略的問題に合致させることができるのか――こうした点を慎重に検討することが重要だ。

 私はこれまでも、世界規模のテロ対策という考え方はアメリカの手に余るし疲弊を招くだけだと考えてきた。イエメンという国が犯した失敗で危険が醸成される条件が生まれたとしても、ただちに大規模な行動が必要だということにはならないはずだ。

 また、政治的な思惑から反射的にイエメンへの対応をエスカレートさせたり始めたりする決断をすべきではない。そして何をするにしても、湾岸やイエメンにおける重要な政治問題を真剣に考慮してからにすべきだ。AQAPは、この地域を取り囲む非常に複雑な状況のほんの一部分に過ぎない。

サウジの介入をあてにするな

 アリ・アブドラ・サレハ大統領率いるイエメン政府自体、問題の一部だと言っていい。サレハは2006年の大統領選挙に公約を覆して再出馬、公正とは言えない選挙戦を行なって再選された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人

ワールド

プーチン氏、対ウクライナ姿勢変えず 米制裁期限近づ

ワールド

トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命令 メ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 8
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    ニューヨークで「レジオネラ症」の感染が拡大...症状…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中