最新記事

ヨーロッパ

『ミレニアム』作家が遺した最強ヒロインと遺稿論争

全世界2100万部のベストセラー、映画も大ヒットのミステリー小説を生んだ作家スティーグ・ラーソンの早すぎる死

2009年12月16日(水)16時00分
ジョシュア・レバイン

映画化でブームに拍車 ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』は欧州で大ヒット(日本公開は2010年1月16日)  ©Yellow Bird Millennium Rights AB, Nordisk Film, Sveriges Television AB, Film I Vast 2009

 ストックホルムのフィスカルガタン9番地。土曜の午後になると、観光客のツアーがビルを取り巻く。ガイドの使う言葉は、あるときはスウェーデン語、あるときは英語、またあるときはフランス語。観光客の視線はビルの最上階に注がれる。みなさん、あそこがリスベット・サランデルの暮らすアパートです!

 どんなに目を凝らしても、我らがヒロインの姿が見えないことは、みんな知っている。天才的なハッキングの才能を駆使して社会の暗部を暴くサランデルは、ミステリー小説の中にしか生きていない。

 サランデルを生み出したとき、スティーグ・ラーソンは『ミレニアム』シリーズの成功を確信した。彼は04年初め、スウェーデンの出版社ノーステッツに『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』の原稿を持ち込んだ。結果は予想以上。出版社側はすぐに3部作の契約を結び、新人作家としては破格の前払い金を与えた。

 同年10月に開かれたフランクフルト・ブックフェアでは、翻訳権の熾烈な争奪戦が繰り広げられた。ラーソンの望みどおり、『ミレニアム』3部作は「老後の生活資金」をもたらしてくれそうだった。

 残念ながら、その金は不要だった。1カ月後、ラーソンが心臓発作で急死したからだ。まだ50歳で、『ミレニアム1』の出版も間に合わなかった。しかしラーソンの死後、世界で数千万人が『ミレニアム』シリーズを読んでいる。サランデルに魅了され、彼女が住んでいるという設定のアパートを訪れるファンは後を絶たない。

 「いま15人のガイドがいるが、増やすつもり」と、「ミレニアム・ツアー」を主催するストックホルム市立博物館のフィリッパ・ノルマンは言う。彼女は道端でただ建物を見上げている群集を目にして、ツアーの企画を思いついた。市観光局も「ミレニアム効果」に大きな期待を寄せている。

 人口約900万のスウェーデンで、『ミレニアム』3部作は計300万部売れた。版権は40カ国に売れ、世界で2000万部以上のベストセラーとなった。秋にロシアと中国で出版されれば、部数はさらに激増するだろう(3部作の邦訳はいずれも早川書房)。

ネオナチや極右と闘った記者時代

 映画化もブームに拍車をかける。今年春に封切られた映画版『ミレニアム1』は、ヨーロッパ各国で記録を塗り替えた。スペインでは5月に公開されると、トム・ハンクス主演の『天使と悪魔』から首位の座を奪った。「スウェーデン映画としては、とにかく記録づくめ」と、プロデューサーのセーレン・スタールモセは言う。

 これほどのパワーを作品にもたらしたのは、異色の探偵サランデルだ。彼女はミステリー小説に登場するどんなキャラクターにも似ていない。24歳だが14歳くらいにしか見えず、拒食症かと思えるほどやせっぽち。周囲とのコミュニケーションには問題を抱えるが、狙いをつけた情報はピンポイントで突き止める。

 ラーソンは、大好きな童話『長くつ下のピッピ』をヒントにした。もしピッピが大人になって、ねじれた社会と対決したら、どうなるだろう? こうして生まれたのが、誰よりも賢く、誰も信じず、独自の道徳観を貫くサランデルだった。「わが家の3人目の住人みたいだった」と、ラーソンのパートナーだったエバ・ガブリエルソンは言う。彼女がラーソンに出会ったのは、72年のベトナム反戦デモ。以来、彼の死まで生活をともにした。
「スティーグは、いつも夜通し書いてるの。朝になって私が目を覚ますと、『聞いてよ、サランデルがまたすごいことをやったよ!』って。三角関係みたいだった」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

東エレク、需要強く純利益は一転増益へ 配当予想も引

ビジネス

トヨタ、通期純利益を上方修正 HV販売増加と原価改

ビジネス

トヨタが社長交代、近CFOが昇格 佐藤氏は3年で副

ビジネス

ドイツの12月輸出が予想以上に増加、鉱工業生産は減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 2
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近したイラン製ドローンを撃墜
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 5
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 6
    「反トランプの顔ぶれ」にMAGAが怒り心頭...グリーン…
  • 7
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 8
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 9
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 10
    「エプスタインは悪そのもの」「悪夢を見たほど」──…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中