最新記事

パイプライン

欧州ナブッコのロシア迂回作戦に黄信号

ロシアのエネルギー支配から脱却したいEUの行く手に立ちはだかる地政学の壁

2009年6月30日(火)15時29分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

 中央アジア産の天然ガスをトルコとバルカン半島経由でオーストリアまで運ぼうというナブッコ・パイプライン。その建設計画は前途多難なようだ。

 ナブッコの建設を推進するEUの狙いは、ロシアを迂回する供給ルートを確保し、ロシア産エネルギーへの依存を減らすこと。しかし肝心のカスピ海沿岸諸国で十分なガスを確保できるかどうか、以前から疑問視されてきた。

 アゼルバイジャンは既に生産量の大部分をトルコに供給しているし、他の中央アジア諸国は最近ロシアの天然ガス独占企業ガスプロムと供給合意を結んだ。

 ナブッコ建設に当たっているオーストリアとハンガリー、アラブ首長国連邦の企業連合は供給量を増やそうと、イラクのクルド自治政府と80億ドル規模のガス供給合意を締結。このガスをトルコ経由でナブッコに供給することで不足分を補おうとした。

クルド人自治区との契約にイラクが反対

 この合意にかみついたのがイラク政府とトルコ政府だ。クルド人がエネルギー収入を得れば、ますます分離独立の機運が高まる──そう考える両国は、これまでもクルド人自治区のエネルギー輸出を阻止しようと躍起になってきた。

 イラク政府は6月、クルド自治政府が独自のエネルギー合意を結ぶのは憲法違反だとして、ナブッコとの合意の無効を宣言した。代わりにクルド人自治区外のガス田からの供給を提案したが、その場合は供給開始が早くても14年以降になることが明らかになった。

 一方のトルコ政府もナブッコとクルド人自治区の合意に不快感を表明した。トルコにしてみればイラクのクルド人がガス収入で潤うより、友好国のアゼルバイジャンがナブッコにガスを供給するほうが都合がいい。

 いずれにせよナブッコは計画見直しを余儀なくされそうだ。欧州委員会はナブッコ建設に2億5000万ユーロの資金提供を約束したし、トルコはパイプライン通過料の引き下げに応じた。だが十分な量のガスを確保できないなら、大金をかけて新しいパイプラインを敷設する意味はあまりない。

 ロシアは15年の供給開始を目指して、黒海海底からブルガリア経由でバルカン半島とイタリアに至るパイプライン「南ルート」の建設計画を進めている。

 ロシアのエネルギー支配から逃れようとヨーロッパが夢見た計画は、文字どおり夢物語に終わるかもしれない。

[2009年7月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相、来週訪米 トランプ氏や高官と会談へ

ビジネス

1.20ドルまでのユーロ高見過ごせる、それ以上は複

ビジネス

関税とユーロ高、「10%」が輸出への影響の目安=ラ

ビジネス

アングル:アフリカに賭ける中国自動車メーカー、欧米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 6
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 9
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 10
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中