最新記事

米公的医療

オバマケア裁判が映すアメリカの病根

皆保険は社会主義だ、国民の生死は政府の「死の審査会」が決めることになる──あの危険なバカ騒ぎが帰ってきた

2012年5月9日(水)14時37分
大橋 希(本誌記者)

分断社会 最高裁の外を行進するオバマケア支持者に罵声を浴びせる反対派(3月26日) Jason Reed-Reuters

 オバマ米政権にとって最大の挑戦であり、最大の成果である医療保険制度改革法の成立からまる2年。オバマケアとも呼ばれるこの改革法は一部実施済みで、14年からは主要事業が始まる。それがここにきて、法律の存続自体が危うくなってきた。

 先週、改革法の違憲訴訟をめぐり、連邦最高裁が口頭弁論を行った。同法が国民に保険加入を義務付けるのは憲法に反するとして、26州が提訴。一部の州で違憲判決が出たため、政府側が最高裁に上訴していたのだ。

 最高裁では厳しい意見が相次ぎ、合憲とされるかどうかは微妙な状況だ。政府が保険を強制購入させるなら、「(健康にいいとされる)ブロッコリーを購入させることもできる」という極端な意見まで飛び出した。

 最高裁判事9人のうち保守派4人は「違憲」、リベラル派4人は「合憲」の立場。そして鍵を握るのは、保守派だが事案ごとに立場を変える中立派のアンソニー・ケネディ判事だ。

 ケネディは今回、無保険者の問題を指摘しつつ、加入を義務付けるからには政府はそれを正当だと証明する「重い責務を負っている」と発言。総じて否定的な意見を述べた。

 日本のような国民皆保険制度がないアメリカでは、実に約4700万人が無保険者。改革法では中低所得者に補助金などを支給し、民間の医療保険に加入させることになる。これで加入率は9割以上に上がる見込みだ。

 しかし野党・共和党にすればオバマケアは「大きな政府」の象徴で、国家財政を圧迫するもの。「個人の生活への国家の関与」が強まるのも不満だ。特に、ティーパーティーに代表される党内右派が強く反対している。

 難病を患い保険会社に保険加入を拒否され、貧しさ故に医療保険に未加入で治療を受けられずに死ぬ──そんな人々が改革法で救われるはずだが、主に貧困層の無保険者のせいで自分たちの税金を使われたくない、というのが高所得者の本音なのかもしれない(反対派には高齢の白人が多いといわれる)。

 アメリカでは経済格差が広がり、右派の仕掛けるイデオロギー論争が社会を分断している。今回の裁判には、その病弊がよく表れているのではないか。

 1つ忘れてはならないのは、改革法は議会の審議を経て民主的に成立したということ。ブロッコリー購入を義務付ける法律が議会で通るかどうか、考えてみれば分かりそうなものだ。

[2012年4月11日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ロ首脳会談、ウクライナ巡るロシアの強硬姿勢で米が

ビジネス

設備投資、非製造業の建設投資やソフトウエア投資が下

ワールド

マクロスコープ:「高市補正」へ議論本格化、政府内に

ビジネス

訂正(会社側の申し出)-トヨタ社長、ネクスペリア問
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 7
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 8
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中