最新記事

教育

1%の「庶民の敵」が貧しい子供を救う

富裕層を敵視せずその財力を生かして格差是正のカギを握る教育の充実を

2011年11月24日(木)12時45分
ニーアル・ファーガソン(本誌コラムニスト、ハーバード大学歴史学部教授)

未来への投資 低所得層の子供たちが質の高い教育を受けられるよう、富裕層の支援が必要だ Chris Hondros/Getty Images

 それはリベラル派が目をむくような光景だった。ウォール街占拠のデモをよそに、ニューヨークのホテルの大ホールでヘッジファンドのマネジャーたちがポーカーに興じる──。

 ただしその目的はチャリティーだ。ニューヨーク市内の低所得層地域でチャータースクール(公的助成を受けた自主運営校)を9校運営する、非営利団体サクセス・チャーター・ネットワークの資金集めのためのポーカー大会だった。

 マネーゲームが大好きな連中がポーカーに熱中するのは意外ではない。だが彼らがギャンブルで稼いだカネを、現行の教育制度を揺さぶる試みにつぎ込むなんて! ちょっと衝撃的だ。

 でもこれには訳がある。金融業界のエリートたちは、ウォール街を埋めたデモに対して説得力のある答えを出したいのだ。「われわれのポーカーチップで、ハーレムに教育を」──これが彼らの答えだ。

 人生もポーカーのようなもの。いくら頭脳明晰でも、配られた手が悪ければ勝つのは難しい。

 かつてアメリカ人は、持ち札がどうであれ努力すれば成功できると信じていた。10年前の世論調査では、ざっと3人に2人が「知性とスキルがあれば成功できる」と答えている。これは調査が行われた27カ国の中で、最高の割合だった。

「裕福な家庭の出身であることが成功には不可欠、または非常に重要」と答えた人は20%足らず。ヨーロッパ人やカナダ人と比べて、アメリカ人は貧富の格差に寛容で、政府が格差是正に努めることに懐疑的だった。

競争力と多様性がカギ

 だが、そんな見方も変わりつつある。賃金が下がり失業率が高止まりするなか、好況期には目をつぶっていた事実に皆が気付き始めた。大半の先進国と比べてアメリカでは貧困家庭の出身者が成功できる確率は低い。しかもさらに低下しつつある。

 所得水準が下位20%の家庭に生まれたアメリカ人が、上位10%にのし上がれる確率は約5%。一方、上位20%の家庭の出身者が上位10%に上がれる確率は40%以上だ。つまり親の収入によって、子供の将来の収入がある程度決まるということ。アメリカではヨーロッパやカナダよりこうした現象が顕著で、過去30年ほど、その傾向に拍車が掛かっている。

 背景には、貧困層の子供が質の高い教育を受けられないという現実がある。最底辺の20%の家庭に生まれても、大学で学位を取得すれば、19%の確率で上位20%の高所得者になれる。だが学位なしでは望み薄だ。

 現状では、住んでいる地域によって子供の将来が大きく左右される。低所得地域の公立学校の多くは、満足な教育を行っていないからだ。機能不全に陥ったシステムに公的予算をつぎ込んでも問題は解決しない。教員組合の抵抗が足かせになり、レベルの低い公立学校を改善することはほぼ絶望的だ。

 教育改革のキーワードは「多様性」と「競争」だ。それによって、アメリカの大学は世界最高の教育水準を達成している。やる気のある教師や親が中心となり、自治体と契約して独自の教育を行うチャータースクールが増えれば、貧しい子供たちも質の高い教育を受けられる。

 サクセス・チャーター・ネットワークの実績を見れば分かる。昨年、ニューヨーク市の公立小学校の3〜5年生の算数の試験合格率は60%だった。それが同ネットワーク傘下のチャータースクールでは94%だった。

 アメリカンドリームとは、誰にでも成功のチャンスがあるということ。子供たちに希望をもたらすには富裕層から税金をむしり取るのでなく、彼らの社会貢献活動を生かすべきだ。

[2011年11月 2日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、ワッツアップの全面遮断警告 法律順守しなけ

ワールド

ハンガリー首相、ロシア訪問 EU・NATO加盟国首

ワールド

ウクライナ大統領府長官が辞任、和平交渉を主導 汚職

ビジネス

米株式ファンド、6週ぶり売り越し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中