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アメリカ外交

ヒラリー「中国に負ける」発言の真意

太平洋の島国の指導者たちを「接待漬け」にして利権拡大を狙う中国にクリントンが噛み付いた理由

2011年3月7日(月)18時36分
ダニエル・ドレズナー(米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授)

異例の発言 クリントン米国務長官は上院外交委員会で歯に衣着せぬ中国批判を繰り広げた(3月2日) Jim Young-Reuters

 AP通信によれば、3月2日に上院外交委員会の公聴会に出席したヒラリー・クリントン米国務長官は米中関係について辛辣な表現で中国を批判した。


 クリントンは2日、中国が豊富な天然資源をもつ太平洋諸国の指導者たちへのアプローチを強めており、国際的な影響力競争においてアメリカが中国に敗れる恐れがある、と発言した。

 中国の胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席の先の訪米によって、2つの経済大国の信頼と通商関係が促進されたという認識が広まっていた。そこへ飛び出したクリントンの異例の厳しい発言は、間違いなく中国側の怒りを買うだろう。(中略)

「我々は中国と影響力を競っている。人道のために善を成すという信念は脇に置いて、現実的な政治を率直に語りましょう」と、クリントンは上院議員らに語りかけた。

 クリントンは、パプアニューギニアで米石油大手エクソン・モービルが採掘を進めている天然ガス資源についても触れ、中国がこの地域における影響力拡大を画策し、「我々の裏をかく方法」を探っていると発言。さらに、中国が太平洋の小さな島国の指導者たちを北京に招待し、「ワインや食事で接待している」とも語った。

 戦略国際問題研究所(ワシントン)の中国専門家チャールズ・フリーマンは、アメリカと「中国のソフトパワー競争」が起きているのは「間違いないが、これは冷戦時代のようなハードパワーの対立ではない」としている。


 中国のソフトパワー外交は、こんな具合に行われているに違いない。

(小さな宴会場にバイオリンのBGMが流れ、テーブルには豪華な料理と空のワイングラスが2つ置かれている。)

中国 お宅の国の沖合いで発見された油田の独占採掘権をぜひ頂きたいのですが。

パプアニューギニア ここに来るべきではなかったようです。我々はアメリカと長いお付き合いがありまして、数々の思い出が......。

中国 でも、そのアメリカは今どこに? 彼らはあなたの国に対して払うべき関心を払っていないのでは?

パプアニューギニア アメリカはいま財政難に陥っていて、いずれ状況が変わると言い続けています。ただし、これまでも同じことを何度も言われてきました。アメリカは「悪いのはあなたではなく、私の方だ」といい続けているのです(しかめ面)。

中国 ところで、シュバルブ・ブランの1960年ものをお飲みになったことは? 最高ですよ(ワインを注ぐ)。

パプアニューギニア おお、素晴らしい。そうですね、試験的な合意なら誰も傷つかないですから。




 ふざけすぎ? では再びAP通信の記事から、クリントン発言の背景を真面目に考えてみよう。


 クリントンは共和党が提案する海外援助関連の予算削減案を非難した。(中略)

 アメリカ外交の最高責任者であるクリントンは、中国がフィジーの独裁政権を支持していると訴えた。アメリカは米国際開発庁(AID)の事務所をフィジーに開く計画を進めていたが、共和党が過半数を占める下院で2月に行われた決議の影響で棚上げされている。共和党は歳出削減の一環として外国援助予算の大幅削減を提案しており、その中には海面上昇の危機にさらされる太平洋の島々への支援2100万ドルも含まれている。(中略)

 クリントンは、諸外国への支援は人道的、道義的に重要なだけでなく、アメリカの影響力を保つ上での戦略としても不可欠だと訴えた。「中国やイランと競うなか、アメリカがこうした問題から手を引いても指導力を維持できると考えるのは間違っている」


 短期的に見れば、クリントンの指摘は正しい。私に外交政策の予算配分を自由に決める権限があるとしたら、問題が生じてから対処するより事前に防止策を講じるほうがコストパフォーマンスがいいと考えて、国防総省から国務省に少なくとも1億ドルの予算を付け替えるだろう。

「中国がアメリカのランチを横取りする」という中国脅威論がワシントンで支持を集めているのは、それが政策の推進力になるからだ。しかし、オバマ政権はこの論理を使いすぎている。

 私が心配なのは、中国の脅威を誇張するレトリックが真の意味での政策の方向変換にはつながらず、思わぬマイナス効果──ワシントンに中国への恐怖感が蔓延する事態を招くのではないかということだ。そうなれば、中国の台頭とアメリカの失速以上にまずい事態になる。

Reprinted with permission from Daniel W. Drezner's blog, 07/03/2011. © 2011 by The Washington Post Company.

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