最新記事

米政治

ペイリン、銃「反撃ビデオ」で大失点

アリゾナ銃乱射事件の容疑者を焚きつけたとの批判に反論する演説は、政敵を利しただけだった

2011年1月13日(木)18時10分
ジョン・ディッカーソン

大ピンチ 逆境に強いペイリンだが、今回は有権者の心理を汲み取れずに墓穴を掘った VIMEO

 アリゾナ州トゥーソンで1月8日に起きた銃乱射事件をめぐって、サラ・ペイリン前アラスカ州知事の責任説が取り沙汰されている。

 ペイリンは昨年の中間選挙の際、医療保険改革法案に賛成した民主党下院議員の選挙区に銃の照準マークをつけた全米地図を自らのサイトに掲載。その中に、今回ターゲットとなったアリゾナ州選出のガブリエル・ギフォーズ下院議員も含まれていた。

 だからといって狂った男の凶行の責任をペイリンに帰すのはあまりに不公平だという声もある。だが、政治に不公平はつきものだ。しかも、今回の騒動はペイリンにとって絶好のチャンスでもある。有権者は政治家を判断する材料の1つとして、窮地に追い込まれたときの対応や、逆境から立ち直る力を見ているのだから。

 その点、ペイリンのパフォーマンスはお粗末だった。ペイリンは事件から4日後の1月12日、銃乱射事件と一連の非難報道についてフェースブックなどのソーシャルメディアを通じてビデオ映像で声明を出した。だがこの日、全米の注目は既にアリゾナで開かれた犠牲者の追悼式典に集まっていた。そこではバラク・オバマ大統領が、失われた命を悼み、事件現場で人々が見せた英雄的行為を称える演説をした。
 
 だが今回のように悲惨で理解し難い事件の場合、被害者と遺族に月並みのお悔やみを述べるだけでは不十分。人々はそれ以上のものを求めている。政治家だけに答えを求めているわけではないが、政治家がこのような惨事について答えを提供しやすい立場にあるのも事実だ。

 有権者の感情や不満、希望を汲み取ってそこに訴えかけるのは、対象が特定の有権者層に限られているとはいえまさにペイリンの得意技だった。だが、今回の対応は最悪だった。彼女の演説は人々の求めるものを何も提供できず、過剰な自己防衛に走り、非論理的で問題の本質からずれていた。

共和党内の反ペイリン派の追い風に

 なかでも、銃乱射事件に絡んで強まっている自分や保守派への非難の声をペイリンが「血の中傷」と呼んだことについて、ネット上では論争が巻き起こっている。この言葉自体が、ユダヤ教徒が祭礼でキリスト教徒の血を使ったというデマに由来する反ユダヤ的な中傷表現だからだ。どうみても言葉の選択を誤っている。これでは、真意を伝えるどころか人々を混乱させ遠ざけるだろう。仮にコアな支持者だけに向けた煽動行為だったとしても、間が抜け過ぎている。

 ロナルド・レーガン元大統領の言葉を引用し、銃乱射事件は誰かにそそのかされて起きるのではなく、容疑者一人の責任だと論じたのは効果的だった。「身の毛のよだつ犯罪行為は独立した出来事だ」と、ペイリンは語った。

 その通りだ。だがその後、ペイリンは「ジャーナリストや評論家は『血の中傷』をやめるべきだ。自分たちが非難しているはずの憎悪と暴力を煽るだけだ」と続けた。これはまずい。犯罪者は言葉で生み出されるのではないと主張した直後に、マスコミが言葉で憎悪と暴力を煽っていると訴えるのは矛盾している。

 ペイリンがこんなへまをしている間に、ライバル政治家は着々と得点を稼いでいる。2012年大統領選レースで共和党内の有力候補と目されているミシシッピー州のハーレイ・バーバー知事は、公民権運動を軽視するような失言を取り返すために公民権運動の記念博物館の建設を提案。こんな見え見えのジェスチャーで問題が解決するわけはないが、少なくとも逆境を巻き返す一歩にはなった。

 ペイリンのビデオ演説はそんなささやかな一歩にさえ程遠く、むしろ共和党内の反ペイリン派に格好の批判材料を与えてしまった。もちろん彼らは、銃乱射事件をペイリンのせいにするような批判の仕方はしない(自分の首を絞めるから)。だが、プレッシャーにさらされた時の判断力や問題解決能力がペイリンには足りないと主張することはできる。大統領やその候補者には絶対に不可欠な資質だ。

(Slate.com特約)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

実質消費支出5月は前年比+4.7%、2カ月ぶり増 

ビジネス

ドイツ、成長軌道への復帰が最優先課題=クリングバイ

ワールド

米農場の移民労働者、トランプ氏が滞在容認

ビジネス

中国、太陽光発電業界の低価格競争を抑制へ 旧式生産
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中