最新記事

アメリカ

オバマのオスロ演説にブッシュを見た

ノーベル平和賞の受賞演説で武力行使の正当性を訴えたオバマの真意とは

2009年12月11日(金)17時03分
ハワード・ファインマン(ワシントン支局)

アルカイダは悪 ノーベル賞授賞演説でアフガニスタン軍事介入への理解を求めたオバマ(オスロ、12月10日) Thomas Peter-Reuters

 バラク・オバマ米大統領は12月10日、ノルウェーの首都オスロでノーベル平和賞の受賞演説を行った。ノルウェーの人たちが拍手喝采を送らなかった理由は分かる。それはまるで彼らが忌み嫌うジョージ・W・ブッシュ前米大統領による演説のようだったからだ。

 確かに、拷問の禁止や対話の重要性、1964年にノーベル平和賞が贈られたマーチン・ルーサー・キング牧師に言及するなど、聞いていて心地良い要素もあった。しかしオバマは、自分はキング牧師ではないことを強調したかったようだ。自分は2つの戦争を指揮し、テロリストとの終わりなき戦いを続けている軍最高司令官。さらには高い失業率と機能不全の議会をかかえ、来年の中間選挙どころか次期大統領選での再選も危ぶまれている大統領だと。

 オバマは評判の悪かった前任者がつくりあげた9・11後の世界観のほとんどを踏襲していた。世界には退治せねばならない悪(アルカイダ)が存在していると、彼は語った。「いかなる聖戦(ジハード)も正しい戦争にはなり得ない」。表現や宗教の自由を世界に広めることは、アメリカにとって義務であるだけでなく自己の利益にもなる。自由を受け入れない地域や文化圏に対しても広めなければならない。なぜならこうした価値観は「世界共通」だからだ。

 最近のオバマの演説ではあまり聞かれなくなっていた「テロリズム」という語も復活していた。ニクソンとレーガン、2人の共和党大統領と、ヨハネ・パウロ2世前ローマ法王の平和活動を称えた。核兵器開発が疑われるイランと北朝鮮を名指しし、ヨーロッパ諸国に立ち上がるよう促した。他方、ヨーロッパ諸国がイスラエルによる一方的なパレスチナ弾圧だとみている中東紛争に関しては深い言及を避け、「パレスチナ」という語さえ出さなかった。

欧州の平和活動家と飯が食えるか!

 恒例行事の一部をキャンセルし、受賞後は足早にオスロを後にしたオバマの姿は無礼に映った。まるで「ヨーロッパの平和活動家と一緒に飯が食えるか!」と言っているかのようだった。演説の後、ブッシュ政権で大統領上級顧問を務めていたカール・ローブから私にメールが届いた。「ネオコンの言葉を巧みに操る(ブッシュ政権のスピーチライター)マイケル・ガーソンとマーク・シエッセンがオバマ政権で働いているかのようだ」

 知りたいのは、なぜオバマがあの演説をしたのかだ。朝行われたCIA(米中央情報局)によるアルカイダに関するブリーフィングで、オバマの頭をいっぱいにしてしまう何かがあったのは確かだろう。保守派が使いたがるこんな言葉がある。保守派とは現実に襲われたリベラル派だ----。陳腐な言い回しだが、一定の真実がある。

 オバマの演説は実際のところ、それほど意外ではなかった。オバマは当初からイラク戦争に反対していたが、彼はベビーブーマー世代が抱いているような武力行使に対する条件反射的な恐怖心は持っていない。アフガニスタン介入についてはこれまでずっと、戦略的にだけでなく道徳的にも正当化されるという見方をはっきりと示している。米兵3万人の増派を決定したばかりだ。オバマにはその自分が下した決断を貫くしか選択肢はなかった。たとえオスロでそれを主張するのは不快感を呼ぶものであったとしても。

 今回の顛末にはもちろんアメリカ国内の事情も背景にある。医療保険改革や温暖化対策、金融規制など、オバマ政権には議会とうまくやらないといけない政策が多い。「ワシントンの権力エリート」としてヨーロッパで純粋に喜んでいる場合ではないだろう。

 忘れてはいけない。オバマが大統領選に勝利できたのは、オハイオ州、インディアナ州、ミズーリ州、バージニア州といった激戦州をものにしたからだ。彼らの目でオスロを見れば、なぜオバマが遅れて現地入りし、ブッシュのように話し、逃げるようにオスロを発ったのかが分かるだろう。オバマがノーベル賞に値すると考えている有権者は4人中1人以下だということは言うまでもない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

パラマウント、スカイダンスとの協議打ち切り観測 独

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中