最新記事

サイエンス

老化を「治す」時代へ だが老化を病気と分類すれば失われるものが大き過ぎる

IS AGING A DISEASE?

2021年5月20日(木)19時25分
ジョエル・レンストロム(米ボストン大学上級講師)
高齢者、老年学

PHOTO ILLUSTRATION BY SLATE. PHOTOS BY CDC ON UNSPLASH-SLATE, RAUL RODRIGUEZ/ISTOCK/GETTY IMAGES PLUS-SLATE AND THOUGHT CATALOG ON UNSPLASH-SLATE

<老化を病気と定義するべきだと、多くの老年学の専門家が主張している。だが人類の誰もがたどる過程を病気扱いするのは、果たして適切なのか。研究は進んでいるが、虚偽や誤解、商業的な誇張も蔓延している>

老いを「治す」ことを夢見る人間を初めて描いたのは、人類最古の文学作品に数えられる『ギルガメシュ叙事詩』。紀元前2000年頃にメソポタミア文明のシュメール人が書いたとされる物語だ。

紀元前2世紀には、古代ローマの劇作家テレンティウスが「老化は病気である」と宣言した。同じく古代ローマの政治家キケロは「われわれは病気と闘うのと同じように(老化と)闘わねばならない」と唱えた。

古代ギリシャでは紀元前450年頃に、歴史家のヘロドトスが「不老長寿の泉」について書いた。その記述に駆り立てられ、若返りの泉を探すため16世紀に新大陸への旅に出たスペインのポンセ・デ・レオンのような探検家もいた。

人類が古くから追い求めてきた「不老長寿」という夢──それが今、手の届く所にあるように見える。

科学や医学の発展によって、人間の寿命は延びてきた。1800年代までヨーロッパの平均寿命は30~40歳。それが今やアメリカでは79歳弱。日本や香港では84歳を超えている。

古代の人々は正しかったのかもしれない。老化は遅らせられるだけでなく、「治す」こともできるのかもしれない。近年では長生き志向の人たちだけでなく、科学者の間でも老化を疾病として分類する動きが高まっている。

1954年、ロバート・パールマンが「老化症候群」と題する論文を米国老年医学会誌に発表。老化を「複合的疾病」と位置付けたことが、この分野の研究を促す契機となった。

2015年には国際的な研究チームが、老化の進行を疾病として分類すべきだと主張する論文を発表。2018年にはWHO(世界保健機関)が国際疾病分類(ICD)を改訂し、癌や関節炎のように加齢に伴って罹患・悪化する病気を「加齢関連疾病」として扱えるようにした。

これにより、老化自体を病気と見なす道筋がつけられたと言えそうだ。

だが老化に病気というレッテルを貼ることは、誤解と弊害を招く。人間の誰もがたどる過程を病気扱いするのは、果たして適切なのか。

しかも老いを病気と決め付けてしまうと、「なぜ人間は老いるのか」という肝心な問いに向き合えなくなる。科学者はただ老化を病気と呼ぶのではなく、老化に伴って細胞の劣化を引き起こすプロセスを解明し、その治療を目指すべきなのだ。

細胞の劣化に関する理解については、1962年にカリフォルニア大学サンフランシスコ校の解剖学者レオナルド・ヘイフリックが突破口を開いた。細胞は老化・疲弊が始まるまでに何回分裂できるのかという「限界」を突き止めたのだ。

さらにヘイフリックは、染色体の末端部分を守るテロメアが細胞分裂のたびに短くなることを発見した。テロメアがある限度を超えて短くなると、細胞は分裂しなくなる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

欧米の開発援助削減、30年までに2260万人死亡の

ワールド

米、尖閣諸島を含め日本の防衛に全面的にコミット=駐

ビジネス

インド10月貿易赤字、過去最高の416.8億ドル 

ビジネス

原油先物が下落、ロシアが主要港で石油積み込み再開
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中