最新記事
BOOKS

関わりを避けてきたきょうだいが、突然死んでしまったら? 5年で起きた心の変化とは【家族の終い】

2025年10月3日(金)16時30分
村井理子

ということは、兄もその紙は見ていたはずだ。水が止められてしまうと心配している兄の様子を想像して、衝撃を受けた。それを書きたいと正直、考えた。

履歴書の兄らしくもない謙虚な志望動機

そして二つ目は、兄の部屋にあった履歴書の内容を読んだことだ(※詳細)。兄は亡くなる直前まで警備員として働いていた。その採用面接に必要だったはずの履歴書は、何枚か同じ内容のものが茶封筒に入れられていた。


「若い方々との現場仕事ではご期待に添えないことも多々あるかもしれません。再起をかけて新人のつもりで気持ちを引き締めて頑張って参りたいと思っております」とあり、うろたえてしまった。若い方々との現場仕事では、ご期待に添えないこともあるかもしれないと、あの兄が書くなんてと驚いたのだ。

兄はどちらかと言えば、リーダー的な性格の人間で、後輩たちから慕われていたと風の噂に聞いたことがある。兄の文章を読むのは初めてだったうえ、どうしてもその仕事が必要だからと、必死になって書いた様子が窺える文章に心を打たれた。こうも人間は変わるのかと感じたのだ。兄の変化を残したかった。

兄の人生に×ではなく◯を増やしたかった

そして三つ目の理由は、兄の部屋の襖に貼ってあったカレンダーだ。仕事がある日には○、ない日には×がつけられていた。兄は亡くなる四日前まで、警備員として働いていた。薄くなってしまった黒いマジックで予定が記入されたカレンダーには、汚い文字で現場の住所や電話番号も書き込まれていた。

目立っていたのは×だ。どの週も半分以上が×で、○は続いても二日だけ。享年五十四歳の兄の、×ばかりのカレンダー。×ばかりだった兄の人生。もっと○を増やしたい。彼の人生の○を記録したい。

村井理子近影

著者の村井理子氏

『兄の終い』が出版されてから五年以上が経過し、想像もしなかったようなできごとが起きている。中野量太監督による、本書を原作とした『兄を持ち運べるサイズに』が、二〇二五年十一月に公開される。兄が最期の日々を過ごした多賀城市内でもロケが行われ、市民のみなさんの多くがエキストラとして撮影に参加してくださったという。そんな多賀城の人たちからは、時折、温かいメールが私の元に送られてくる。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECBは景気停滞対応へ利下げ再開を、イタリア予算案

ワールド

ガザ支援船、イスラエル軍が残る1隻も拿捕

ビジネス

世界食糧価格指数、9月は下落 砂糖や乳製品が下落

ワールド

ドローン目撃で一時閉鎖、独ミュンヘン空港 州首相「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 3
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 6
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 7
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 8
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 9
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 5
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 9
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 10
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中