EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝利が見込めないから
By delaying a decision on using Russia’s frozen assets for Ukraine, Europe is quietly hedging its bets
ロシアのミサイル攻撃を受けたウクライナ西部テルノピリのアパート(11月19日) REUTERS/Andriy Bodak
<ウクライナ支援の象徴とされてきた凍結資産の活用が、いまやEUにとって戦略的リスクと化している>
ロシア軍の攻撃に晒されるウクライナが再び冬の戦火に備える中で、EUはごく単純なはずの決断を前に立ちすくんでいる。約1400億ユーロ(約25兆円)相当のロシアの凍結資産をウクライナ支援に充てるかどうかだ。
EU域内のロシア資産活用には、ロシアからの訴訟リスクやEUの信用リスクがある、というのが公の説明だ。しかし水面下では、より不都合な現実が浮かび上がりつつある。EUの一部首脳が、もはやウクライナの勝利を諦めた可能性があるのだ。
表向きには、ほとんどの欧州首脳がウクライナの主権と領土保全を支持すると述べている。しかしロシアの凍結資産というリスクの高い金融手段の活用に消極的なその姿勢からは、戦況に対し現実主義的な再評価が進んでいることがうかがえる。
凍結資産をめぐる議論は、ウクライナの将来性をEUと加盟国がどう見ているかを示す試金石ともいえる。
ロシアに賠償請求されたら
ウクライナ侵攻に対する経済制裁の一環として、EUが取引を一時停止しているロシア資産の大半はベルギーの証券決済機関ユーロクリアに保管されており、その金額は約2100億ユーロ(約37兆4000億円)に上る。
EU各国は、この資産をウクライナへの貸付に活用し、戦後にロシアが賠償を行った場合のみ返済する仕組みを検討してきた。
しかしブリュッセルのEU本部は、資金を動かす前に法的な保証を強く求めている。ロシアが賠償を求める訴訟を起こしたり、ロシアにあるEU資産を差し押さえるなどの報復に出た場合は、ベルギー以外の加盟国も共同で責任を負うべきだというのが、EU本部の主張だ。
また中国やインドなどの国々で欧州の銀行は「いざというとき安全な避難先ではない」という見方が広がる「評判リスク」も無視できない。
スロバキアのロベルト・フィツォ首相はウクライナへの軍事支援を停止し、「目標はロシアの敗北ではなく、一刻も早い戦争終結だ」と述べた。ハンガリーのビクトル・オルバン首相はさらに踏み込み、「ウクライナは戦場で勝利できない」と断言している。
フィツォとオルバンはEU内でも特にロシア寄りとされるが、その発言はEU全体に広がる現実主義的な戦略思考の高まりを映している。
揺れる支援国の姿勢
ウクライナ寄りの国々の間でさえ、戦争継続に対する姿勢は二極化している。フランスやドイツは今もウクライナ支援を継続しているが、近年は対ロ外交や「現実的な期待」に重点を置き始めた。
ロシアの凍結資産の活用を最も強く支持しているのはポーランドやバルト三国など地理的にロシアに近い国々で、ドイツ、フランス、イタリアは資金を欧州製兵器の購入に限定するより慎重な案に傾いている。ウクライナはこの制限に難色を示している。
凍結資産は戦略的な賭け
凍結資産は単なる金融資源ではなく、地政学的な賭けでもある。それを今投入することはウクライナの勝利に賭けることを意味し、使用を遅らせることは、ロシアが優勢となったり戦線が膠着状態になることに備える選択だ。
2022年の全面侵攻開始当初、ウクライナ支援は道義的な責務とされていたが、2025年末の今、それは戦略的な重荷とみなされ始めている。
国際政治においては常にそうであるように、道義的理想は最終的には戦略的必要性に押し流される。欧州各地で戦争疲れが強まるなか、ウクライナ国民の間では「欧州はまだ自分たちのことを気にかけているのか」との不安が広がっている。
その背景には、戦況の変化もある。東部の要衝ポクロフスクは包囲され、南部フリャイポレではロシア軍が進軍を続けている。ウクライナのエネルギーインフラは、ロシアの無人機攻撃によって体系的に破壊されつつある。
いざという時の交渉材料
EU首脳が凍結資産の活用に慎重になっているのも、戦況の先行きに疑問が生じ始めているからだ。勝利の見通しが立たない国への支援に巨額を投じ、戦後交渉での影響力まで失うリスクを取れるのか。
国際政治の文脈では、現実主義的なロジックと理想の国家関係が乖離するのは珍しいことではない。国家は理念ではなく、国益に基づいて行動する。
凍結資産は支援の原資ではなく交渉材料として扱われている。戦況が改善すれば投入するし、そうでなければロシアに譲歩を促すカードとして温存するという姿勢だ。
判断を先送りすることで、EUは選択肢を残している。ウクライナが戦線を押し戻せば、資金投入の正当性は高まる。逆にロシアが勝利すれば、EUは失敗した財政介入の主犯と見なされずに済む。
この曖昧さは優柔不断ではなく、戦略的立ち位置を示している。EUは複数の結末に備え、静かに「ヘッジ」をかけている。戦争が長期化するほど、EUの結束は揺らぎ、理想よりも現実が優先されるようになる。
「完璧な終わり方」は存在しない
凍結資産に関する最終決定は12月に下される見込みだ。しかしたとえ承認されても、資金は戦況や政治的状況に応じた段階的な支払いにとどまる可能性が高く、ウクライナはロシアと西側による大国間のゼロサム競争に翻弄され続けることになる。
EUはウクライナを見捨てたわけではない。ただ、その支援姿勢はリスク回避を意識したものへと再調整されている。その背景にあるのは、もはや「勝利」を信じきれなくなったという戦略的な疑念だ。たとえ公言はしなくても。
凍結資産を使うか否かにかかわらず、ウクライナの将来は厳しい。ロシアと西側の双方が、現在のゼロサム構造を緩和する道を見いだせなければ、状況は好転しない。
将来的な和平が、ウクライナにとって理想的なものになる可能性は低く、多くの国民を落胆させるだろう。しかし今求められているのは、もはや存在しない「完璧な結末」ではなく、戦争を終わらせるために最も損害の少ない選択肢を見極めることだ。
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Alexander Korolev, Senior Lecturer in Politics and International Relations, UNSW Sydney
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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