「目を見開く」人は何を考えてる?...シャーロック・ホームズも駆使する「ボディランゲージ解読術」
厳密に言うと、ボディランゲージはホームズのこよなく愛する科学ではないかもしれないが、ここでも彼の熟練の技が光る。なにしろ、相手の仕草を読み取ることにかけては、人間離れした能力の持ち主なのだ。
この才能がいちばん発揮されたのは、依頼人がはじめて訪ねてくるときだった。初対面の相手を観察して、ひと言も話さないうちに結論に達する。たとえば、『花婿失踪事件』では、ワトソンは次のように記している。
ボリュームたっぷりの毛皮の襟巻をして、くるんとカールした大きな赤い羽根飾りのついた、つば広の帽子を艶めかしいデヴォンシャー侯爵夫人風にななめにかぶっている。その華やかな装いで、女性は身体を前後に揺らし、手袋のボタンをいじりながら、そわそわとためらいがちにこちらの窓を見上げていた。かと思うと、とつぜん、泳いで岸から離れるかのように早足で通りを渡り、ほどなく呼び鈴の鋭い音が聞こえた。
「ああいう仕草には見覚えがある」ホームズは煙草を暖炉に投げ捨てて言った。
「歩道でそわそわしているのは、恋愛がらみだと相場が決まっている。アドバイスを求めているが、事が事だけに、どう話していいのか悩んでいるんだ。
それだけじゃない。もし男にひどい暴力を振るわれていたのであれば、ためらったりせずに、呼び鈴の紐を引きちぎるものだ。つまり、色恋沙汰ではあるが、あの女性は怒りに駆られるというよりは、戸惑っているか、深く悲しんでいると考えるのが妥当だろう。とにかく、本人に直接会って疑問を解決しようではないか」