最新記事
BOOKS

松本清張はなぜ「昭和の国民作家」に上り詰めたのか?...幼少期のエピソード・恋愛関係など、新資料が明かす「本格評伝」

2026年1月2日(金)10時25分
酒井 信 (明治大学准教授)
万年筆

azapf1972-pixabay

<「よごれ松」と呼ばれた印刷工が、昭和を代表する国民作家へと上り詰めた軌跡を新たな証言と資料で読み解く>

逆境を越えて時代をつかんだ松本清張の生涯を描く、初の本格評伝がついに刊行。気鋭の評論家・酒井信氏による話題作『松本清張の昭和』(講談社現代新書)の「はじめに」を抜粋・転載。


◇ ◇ ◇

「人生には卒業学校欄というものはないのだよ」と、松本清張はエッセイ「学歴の克服」(1958年)で述べている。

清張は高等小学校卒業後、給仕を経て印刷画工として働き、戦前・戦後の困難な時代を生き抜き、41歳で作家としてデビューを果たした。デビュー当時は朝日新聞社に勤務していたが、彼は記者職ではなく、広告の版下を制作する印刷画工として働いていた。

朝日新聞西部本社時代の松本清張を知る元同僚の岡本健資(たけし)は、次のように回想している。


「彼は腰にぶら下げた汗臭いタオルで、汗まみれの顔をさも心地よさそうに拭(ぬぐ)った。/人は、彼のことを、『よごれ松』と呼んだ。小説を書くようになってからは、さすがに聞かれなかったが、ワイシャツの裾がズボンからはみ出していても、兵隊靴の爪先が開きかけていても、彼は平気だった」(「朝日新聞広告部時代 あのころの松本清張」)

清張は高等小学校卒の学歴と「よごれ松」と呼ばれる風貌で、朝日新聞社内でも無視されたり、机を離されるなどして冷遇されていたが、「小説を書く」ことで、一矢(いっし)報いたのである。

岡本は「よごれ松」と呼ばれた清張が、のちに大作家になったことに驚いて次のようにも述べている。


「外見など衒(てら)わない彼の図太い神経のどこから、あの緻密な心理描写が生まれてくるのか、私には不思議に思えた。/もうすこし、言わせてもらえば、心理描写にすぐれた作家は、他にも大勢いる。しかし、清張さんをして『日本の松本清張』に押しあげたその原動力は、なんといっても、彼の時代を視る鋭い先見性と、大胆なその行動力であろう」(同前)

弱い立場に置かれた人々の苦労を知る松本清張の「緻密な心理描写」と、社会の動きを見越す「鋭い先見性」と、次々と新しい作品を生み出す「大胆なその行動力」こそが、多くの読者を魅了したのである。

資産運用
「高市トレード」に「トランプ関税」......相場が荒れる今こそ投資家が目を向ける「世界通貨」とは
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、米国産大豆追加購入の可能性低下も 関税違憲判

ビジネス

トランプ関税違憲判決、米エネ企業のコスト軽減 取引

ワールド

米USTR、新たな301条調査開始へ 主要国の大半

ワールド

トランプ氏、10%の代替関税に署名 最高裁の違憲判
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 2
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官が掲げる「新しいスパイの戦い方」
  • 3
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルーの大スキャンダルを招いた「女王の寵愛」とは
  • 4
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 5
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 6
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 7
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 8
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 9
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 10
    生き返ったワグネルの「影」、NATO内部に浸透か
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 4
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 7
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 8
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中