最新記事
ドラマ

口臭チェック、卑猥なメール、馬鹿げた儀式...カルト集団の「闇」を描く「ネトフリ新作」はどこまでリアル?

Sirens Simplify the Trauma

2025年6月27日(金)13時51分
ジョイ・クラナム(英バース大学教育学部講師)
Netflixのドラマシリーズ『セイレーンの誘惑(Sirens)』で大富豪のミカエラを演じるジュリアン・ムーア

孤島の豪邸で暮らすミカエラはカルト集団の指導者のように振る舞う MACALL POLAY/NETFLIX

<異色のドラマ『セイレーンの誘惑』は、彼らの奇妙な暮らしを上手くとらえている。ただ、本当の闇はドラマで描くには深すぎるかも──(ネタバレなし・レビュー)>

ネットフリックス(Netflix)で独占配信中のドラマシリーズ『セイレーンの誘惑(Sirens)』は、カルト集団での日々の「奇抜さ」に果敢に挑む異色作だ。

『セイレーンの誘惑』予告編

舞台は富裕層が集まる孤島。海辺の豪邸に暮らす大富豪のミカエラ(ジュリアン・ムーア、Julianne Moore)が人々を支配している。彼女の献身的な取り巻きたち(多くは彼女に雇われている)はボスのあらゆる気まぐれを満たすことに余念がない。

ここでの暮らしは奇妙だが完璧に見える。入念につくり上げられた世界が揺らぎ始めるのは、ミカエラの住み込みの秘書として働くシモーネ(ミリー・オールコック、Milly Alcock)を捜して、姉のデヴォン(メーガン・フェイヒー、Meghann Fahy)が乗り込んできてからだ。

よそ者の侵入を機に、支配による抑圧とカルトめいた行動が浮かび上がってくる。

風変わりな登場人物たちにばかげた儀式──シモーネはミカエラから彼女のパートナーに卑猥なメッセージを送信するよう指示され、毎朝ボスの下着が入っている引き出しに香水をまく。ダークな笑いを交えたストーリーに引き込まれるのは簡単だ。

そして私たちは登場人物の選択に首を横に振り、「私なら絶対深入りしない。出ていく」と自分に言い聞かせる。

Netflixのドラマシリーズ『セイレーンの誘惑(Sirens)』でシモーネを演じるミリー・オールコック

ミカエラに愛情と恐怖で支配されるシモーネ MACALL POLAY/NETFLIX


だが厄介なことに現実はそんなに甘くない。ドラマでは描かれなかったり、ごまかされたりしがちだが、カルトからの離脱が非常に難しい背景には深い心理操作がある。

体験者を対象とした研究によれば、カルトは人々を物理的に閉じ込めるだけでなく、精神的・感情的にも罠にはめる。私自身、メンバーの子供たちとその家族が搾取や支配に抵抗するのを支援する方法について研究する過程で、これを目の当たりにしてきた。

現実の世界では、新メンバーは友人たちや親から引き離され、支援ネットワークからも次第に遮断されていく。ドラマではシモーネと姉のデヴォンの関係がそうだ。シモーネは姉妹の愛情表現だったおそろいのタトゥーを「くだらない」と切り捨てる。

カルトの心理操作によって価値観が一変したことがうかがえるシーンだ。

家族関係の重要性を否定するのはカルト指導者の常套手段だ。そうすることで、メンバーと外部の愛する人との間に亀裂を生じさせる。ドラマではシモーネの弱さを自分の利益のために利用するミカエラの指示によって、姉妹の関係が破綻する。

続いて愛情攻勢。称賛や注目や愛情を洪水のように浴びせられ、それまでずっと無視されたり軽視されたりしてきた人間は有頂天になる。当人が驚くと、集団は「それは私たちが本当にあなたを見ているから」的なことを口にしたり、相手のそれまでの人間関係をけなしたりする。

あなたを大切にしているのは私たちだけ、本当のあなたを理解しているのは私たちだけ、というメッセージだ。

しかし、蜜月は長くは続かない。やがて、追い出されるのではないかという恐怖がメンバーの心に根付く。すると集団側は、ここにいれば最高の自分になれる、指導者に導かれて崇高な定めを実現していくのだと言いくるめる。

カルト指導者たちは権威主義的な方法で、しばしば自分を神秘的な力を持つ救世主のように見せかけ、揺るぎない忠誠と献身を要求する。彼らの権威を疑うことは許されず、懸念や疑問は全て当人の無能さと見なされる。

逆らった者への罰は、指導者の支配を強化し、他のメンバーに明確なメッセージを送る。疑問を持つな。指導者と集団の教義に反論の余地はない、と。

離れても「爪痕」は深く

この種の心理操作によって、メンバーは想像もしなかったことをする可能性がある。例えば、お互いの口臭をチェックするシーンで、ミカエラはシモーネの口が臭いと言って自分がかんでいたガムをシモーネに与える。それをシモーネは喜んでかむ。

ミカエラの意のままに操られている妹をデヴォンは問い詰める。「ミカエラの鋭い爪で脳みそをつかまれて、自分がヤバいことになってるのが分からないの?」。カルト集団は思考改造の手法を使って相手の心に入り込む。相手の批判的思考を恐怖と依存で上書きする。

メンバーは常に危険と恐怖を感じて激しいストレス状態に陥り、明確な思考や理性的判断がしづらくなる。彼らが常に恐怖に怯えている場所は、ここにいれば幸せだと繰り返し聞かされ、自分でも自分にそう言い聞かせている場所にほかならない。

こうした矛盾と葛藤は、長期にわたって心身の虐待を受けている場合でさえ、彼らを集団にとどまらせかねない。集団から離脱しても、トラウマが何年も、時には一生続くことさえある。

離脱者は大抵、生活に必要な基盤をほとんど持っていない。集団内では学んだり、就職に必要な能力を身に付ける機会が制限され、経済的自立はしばしば厳しく管理されていた可能性がある。

多くの離脱者はストレスによる心身の不調に苦しみ、回復のためにさまざまな形の支援と介入を必要としている。

にもかかわらず、大衆文化ではカルト集団はしばしば笑いを取るためのネタになり、トラウマはジョークのオチにされる。

それでも、本作のようなドラマはカルト集団での生活の奇妙さを効果的に捉えている。離脱者にとってカルトでの日々はエキセントリックでも非現実的でもなく、トラウマなのだ。

The Conversation

Joy Cranham, Lecturer in the Department of Education, University of Bath, University of Bath

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本のCEO
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月1日号(6月24日発売)は「世界が尊敬する日本のCEO」特集。不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者……その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:ウクライナ、対ロシア戦の一環でアフリカ諸国に

ビジネス

ECB、インフレ目標達成へ=デギンドス副総裁

ビジネス

米、中国からのレアアース輸出加速巡り合意=ホワイト

ワールド

中国メディア記者が負傷、ウクライナの無人機攻撃で=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 2
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉仕する」ポーズ...アルバム写真に「女性蔑視」批判
  • 3
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事実...ただの迷子ですら勝手に海外の養子に
  • 4
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 5
    【クイズ】北大で国内初確認か...世界で最も危険な植…
  • 6
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    伊藤博文を暗殺した安重根が主人公の『ハルビン』は…
  • 9
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 10
    単なる「スシ・ビール」を超えた...「賛否分かれる」…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 10
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中