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「伝統を汚す」「北九州の恥」と批判されたド派手着物でNYに進出 貸衣装店主・池田雅の信念は「お客様の要望は必ず叶える」

2024年1月16日(火)19時00分
宮﨑まきこ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

未払い額はどんどん膨らみ、2017年には50人を超え、店の経営を圧迫するまでになる。未払いになった人はこれまでに約200人いたが、申込書に書いてもらった連絡先に確認するとすぐに振り込んでくれる人もいた。しかし音信不通になるケースも少なからずあった。

とうとう2019年3月、みやびはおよそ30人に対し、未払い金返還請求訴訟を小倉簡易裁判所に提起した。総額およそ900万円、訴額は一人あたり6万8000円~139万円程度にのぼる。苦渋の決断だった。

99%の子たちはちゃんと支払ってくれるのに...

これに新聞やテレビが食いついた。地方の貸衣装店の小さな訴訟であるにもかかわらず、「ド派手成人衣装代未払い事件」は、全国紙や全国ニュース、ワイドショーでも大きく取り上げられ、池田さんはマスコミ対応に追われた。

「今考えれば、報じやすかったのかもしれません。確かに見た目はド派手な衣装を着た北九州のヤンキーです。それと衣装代の踏み倒しって、結びつけやすいから。でも、99%の子たちはちゃんと支払ってくれるんです。ほぼ全員が成人式のために一生懸命働いて、自分で稼いだお金できっちり支払いをしてくれているんです。それを一括りにして悪いイメージを広げるべきじゃない」

信じていた客からの裏切りと、「ヤンキーの未払い」を大きく報じるマスコミ。小さく震え、かすれた声から、池田さんの悔しさがにじみ出ていた。このとき初めて、もうこの店を続けられないかもしれないと感じたという。

しかし、新成人からの裏切りに傷ついた池田さんを支えたのは、やはり新成人だった。

「払わんやったら、訴えられるんやろ?」
「そんなん、払わんのが悪いよね」
「あいつはちゃんと払ったん? 心配っちゃ」

新成人たちは訴訟事件など笑い話にして、変わらずみやびに集まった。自分の成人式に突き進む彼らの前向きなエネルギーが、池田さんの救いとなった。

運命を変えた一通のメール

未払い問題でマスコミ対応に追われる直前、池田さんの運命を大きく変える出来事が起きた。ことの始まりは2018年。1通のメールからだった。

「ニューヨークの投資家・スティーブン・グローバスさんが、ブロードウェイストリートのど真ん中の持ちビルに、和室を作ったそうなんです。そこで日本文化を紹介したいから着物を貸してほしいって、日本の代理人から連絡が来ました。他にも何店舗か依頼しているみたいだし、まあいいですよって、男性物の羽織袴を3着貸し出したんです」
「その時は、ただ大盛況だったってご連絡をいただいて、よかったですねで終わっていたんです。みやびの着物だけが抜群に引きが強かったって言っていただいて」

未払い訴訟騒動に巻き込まれた池田さんは知る由もなかった。その裏で、彼女をニューヨークへ導く運命の歯車ががっちりと噛み合い、音を立てて動き始めていたことを――。

「ニューヨークで個展をしませんか?」

新型コロナウイルスの猛威が一段落した2022年3月。再びみやびに同じエージェントから1通のメールが届く。

「今年の秋に、ニューヨークで個展をしませんか? 池田さんをデザイナーとして、ニューヨークにご招待します」

その連絡をもらった時は、詐欺だとしか思えなかった。それでも池田さんの戸惑いをよそに話はトントン拍子に進み、9月、彼女は20着の着物と5人のスタッフとともに、ニューヨークに降り立っていた。初めてこの地を踏んでから30年が経過していた。

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