最新記事
映画

「最後」の意味を最後まで引っ張る、父と娘の「切ない感動のラスト」

The Best Final Ever

2023年5月25日(木)20時45分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)

ソフィが父親へのインタビューを終えて画面がフリーズすると、そこに何かが映り込んでいる。テレビを見ている誰かで、どうやらショートヘアの女性のようだ。映像はそこで唐突に乱れ、ぼやけてしまう──。

それからテープが巻き戻され、後に出てくる印象的なシーンの数々が断片的に映り、次いで切ない映像が飛び込んでくる。空港で搭乗口に向かうソフィをかなり離れた場所から撮った映像だ。

彼女は通路の柱に隠れてはまた顔を出し、最後に大きく手を振る。そこでビデオは止まる。別れを惜しむかのように。これが互いの顔を見る最後だから。

その後はずっと、父と娘が共に過ごした素敵な休暇の映像が続く。船に乗ってスキューバダイビングに向かったり、ディナーの席でいたずらをしたりと心のアルバムに収めておきたいような場面がちりばめられているが、そのたびに映像は予想外の場所に飛ぶ。

例えば、夜遅くにたばこを吸いたくなったカラムがホテルのバルコニーに出る場面。そのときカメラは、暗い室内で休むソフィのシルエットを映し出す。聞こえてくるのは彼女の寝息だけだ。

やがて私たちは、大人になったソフィの姿を初めて目にすることになる。床に敷いた高級そうなラグ(トルコの店でカラムが見つけたけれど買えなかったものと同じだ)を映すカメラが上に移動すると、夜中に起き出したソフィの姿が現れる。そばにいるパートナーが「誕生日おめでとう、ソフィ」と声をかける。

隣の部屋で赤ちゃんが泣いている。ソフィは立ち上がり、様子を見に行く。ここまできて、ようやく私たちは気付かされる。この日は彼女の誕生日で、思い出の映像に出てくる父カラムと同じくらいの年齢になり、同じく親となっているという事実に。

だからこそ彼女は昔の日々を思い返している。でも、そうだとすれば彼女は、あれ以来一度も、父親の顔を見ていないのではないか?

3つの世界がつながる

監督は何度も、カラムに何か恐ろしいことが起きるのではないかという予感を抱かせる。彼はクラクションを鳴らしながら走ってくるバスの前を突っ切ったり、バルコニーの細い手すりの上に立って両腕を空に向かって突き上げたりする。

しかし彼が抱えている危険は肉体的なものではなく、子供に理解できるものでもなかった。ソフィは父が悲しそうなのに気付き、太極拳をする父の動作を「忍者みたい」と笑ってみせたりもする。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、一部銀行の債券投資調査 利益やリスクに

ワールド

香港大規模火災、死者159人・不明31人 修繕住宅

ビジネス

ECB、イタリアに金準備巡る予算修正案の再考を要請

ビジネス

トルコCPI、11月は前年比+31.07% 予想下
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 8
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 9
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 10
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中