最新記事

カルチャー

裸に豹の毛皮を巻いた16歳の美輪明宏 三島由紀夫に誘われ返したひと言は......

2022年11月3日(木)14時52分
岡山典弘(作家、文芸評論家) *PRESIDENT Onlineからの転載

裸体に豹の毛皮を巻き付けて歌い踊る

「ブランスウィック」は、『禁色(きんじき)』に登場するゲイバー「ルドン」のモデルとなった店である。当時としては珍しく、一階から二階までガラス張りで、二階には、怪しげな南米風ムードがただよっていた。真紅のビロードのボックスには豹の毛皮がおかれ、ささやかな三階のフロアに通じる金の手摺(てすり)の階段が設けられていて、夜の帳がおりると、フロアショーが催された。

"ケリー"と呼ばれているマスターは、派手な背広を着て、コールマン髭を生やしたラテンの混血系らしい四十男だった。

ケリーは、明宏が応募してきたことをとても喜んだ。

「明日からきて欲しい。歌手志望なら、フロアで歌ってもいいよ」

店には、"バレエさん"というバレエを習っているボーイがいた。バレエさんのフロアショーが終ると、明宏は彼から衣裳を借りた。明宏は、裸体に豹(ひょう)の毛皮を巻きつけて、頭には金のターバン、手足には鈴という格好で、歌い踊った。


とし若い踊り子がひとり、妖精めいて浮かびあがった。のびやかな脚にバレエ・シューズを穿き、引緊った胴から腰にかけては紗の布を纏いつけたという大胆な扮装で、真珠母いろの肌が、ひどくなまめかしい。
 
(中井英夫『虚無への供物』)

「可愛くない子だな」の返しに唖然

三島は、「ブランスウィック」の上客だった。

いつものように編集者を連れてやってきた三島は、新入りの美少年に目をとめた。

「おい、丸山。三島先生が君を呼んでるぞ。入店早々、凄いじゃないか」

明宏は、ケリーの言葉を無視した。

取巻き連中から「先生、先生」と持上げられている三島を見て、「ふん、何が天才だよ!」と反感を抱いたのである。

「お願いだから、三島先生の御機嫌をとってくれよ」

明宏は、しぶしぶ三島のとなりに座った。

「なにか飲むか?」
「芸者じゃありませんから、結構です」
「可愛くない子だな」
「ぼくは綺麗だから、可愛くなくてもいいんです」

ナルシストを自認する三島が、この言いぐさには唖然とした。

「もうよろしいですか? あんまり見られて穴があく前に帰ります」

明宏はさっと席を立った。

須臾(しゅゆ)の間ではあったが、強烈な印象を残した。小生意気で小憎らしくて、妖しいまでの美少年。三島の脳裏には、明宏の姿が鮮やかに刻まれた。

江戸川乱歩も初対面で贔屓に

「ブランスウィック」の常連客の一人に江戸川乱歩がいた。

男たちが軍服を仕立て直して着ていた時代にあって、乱歩のお洒落は際立っていた。良質の純毛のチェック柄のジャケットを着用して、色は茶系で統一していたという。明宏は、かねてより『屋根裏の散歩者』『人間椅子』『陰獣』『押絵と旅する男』などの乱歩作品を愛読していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル・イラン衝突、交渉での解決が長期的に最善

ビジネス

バーゼル銀行監督委、銀行の気候変動リスク開示義務付

ワールド

訂正-韓国大統領、日米首脳らと会談へ G7サミット

ワールド

トランプ氏、不法滞在者の送還拡大に言及 「全リソー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中