最新記事

映画

エネルギーと魅力に溢れた2人をずっと見ていたくなる青春映画『リコリス・ピザ』

The Immaculate Vibes

2022年7月1日(金)17時52分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

例えば、アラナがオーディションを受ける映画の主役ジャック・ホールデンを演じるのはショーン・ペンだ。ホールデンは大酒飲みで、アラナをナンパしようとするが、実はアラナの名前も覚えていない。実在した俳優ウィリアム・ホールデンの晩年を示唆しているのは明らかだ。

また、ゲーリーたちがウオーターベッドを配達しに行った豪邸で出会うヘアスタイリストのジョン役では、ブラッドリー・クーパーが爆笑の熱演を見せる。女たらしで、大女優のヒモであるジョンは、映画『シャンプー』の主人公をモデルにしているようだ。

そんなふうに、『リコリス・ピザ』には、いろいろなエピソードとキャラクターがたくさん詰め込まれているが、そこには不思議なまとまりがある。当意即妙な会話の連続と、自由奔放なカメラワークも、アンダーソンの思考をたどるようにスムーズだ。

70年代のヒット曲(デヴィッド・ボウイ、スージー・クアトロ、ポール・マッカートニー&ウイングスなど)と、これまでもアンダーソンとタッグを組んできたジョニー・グリーンウッド(レディオヘッドの中核メンバーだ)のオリジナル楽曲も、映像にぴったりの雰囲気を醸し出すのに成功している。

さらに35ミリフィルムで撮影されたざらざらした映像は、前へ前へと進もうとするゲーリーやアラナの、若くて無限のエネルギーを表現するのに役立っている。

もっと見ていたい映画

アンダーソンの作品にはいつも、南カリフォルニアのヒッピー文化を詩のように描いた偉大な映画監督ロバート・アルトマンの影響が感じられる。本作でも、アラナとゲーリーが時には残念な選択をしながらも疾走する展開は、70年代のロサンゼルスを舞台にしたアルトマンの名作『ロング・グッドバイ』を思い起こさせる。

その一方で、『リコリス・ピザ』にはニクソン政権時代の政治社会もさりげなく織り込まれている。オイルショックに伴うガソリン不足は、ジョンの(正確には彼の恋人の)家にいたずらをしたアラナたちが逃げ切るスリリングなシーンの背景になっている。

また映画の後半でアラナは、進歩主義的な若き市長候補ジョエル・ワックスの選挙事務所で働き始める。ワックスの私生活に関するエピソードからは、今となってはとうてい懐かしむ気になれない、20世紀後半の残念な社会を垣間見ることができる。

とはいえ、アメリカ社会の残念な過去を描く試みが全て成功しているわけではない。白人のレストラン経営者が似たような日本人女性とばかり結婚するギャグは、この経営者の人種差別を揶揄する狙いのようだが、あまり趣味がいいとは言えない。

リコリス・ピザとは、かつて実在したレコードチェーン店の名前だ。映画にその店は登場しないが、この時代の雰囲気を一番彷彿とさせる名前だから採用したと、アンダーソンは説明している。

2時間14分という上映時間を長すぎると言う人もいるかもしれない。だが個人的には、フレッシュなホフマンとカリスマ的なハイムの魅力のおかげで、近年にないほど「もっと見ていたい映画」だった。

©2022 The Slate Group

LICORICE PIZZA
リコリス・ピザ
監督╱ポール・トーマス・アンダーソン
主演╱アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン
日本公開は7月1日

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ相場が安定し経済に悪影響与えないよう望む=E

ビジネス

米製薬メルク、肺疾患治療薬の英ベローナを買収 10

ワールド

トランプ氏のモスクワ爆撃発言報道、ロシア大統領府「

ワールド

ロシアが無人機728機でウクライナ攻撃、米の兵器追
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 6
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 9
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 10
    【クイズ】 現存する「世界最古の教育機関」はどれ?
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中