最新記事

映画

アクの強さと芸術性...鬼才ウェス・アンダーソンが魅せる『フレンチ・ディスパッチ』

Wes Anderson’s Licorice

2022年1月27日(木)17時12分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

ハウィッツァー(中央)の急死を受けて、個性派ぞろいの編集部の面々は総力を挙げて追悼号づくりに取り組む SEARCHLIGHT PICTURESーSLATE

<鬼才ウェス・アンダーソンらしさが炸裂する『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は、通好みの一作>

映画監督の中には、ハーブの一種リコリス(カンゾウ)の根を使ったリコリス菓子のように、アクが強くて観客の好き嫌いがはっきり分かれるタイプがいる。現役の監督ではウェス・アンダーソンがその筆頭格だ。

彼の作品がリコリス菓子なら、最新作『フレンチ・ディスパッチ』はさしずめ北欧名物のその塩味バージョン。コアなファンだけに受けそうだ。左右対称の画面構成、凝りに凝ったセットと画面分割、感情を出さないせりふ回しなど、アンダーソンらしさが凝縮されている。

ビル・マーレー、オーウェン・ウィルソンら、アンダーソン作品の常連たちがほぼ総出演。端役もほとんどが映画スターだ。シアーシャ・ローナン、エリザベス・モス、クリストフ・ワルツらのカメオ出演も、今回がアンダーソン作品初出演のティモシー・シャラメ、ベニチオ・デル・トロ、ジェフリー・ライトら主要キャストと並んで必見だ。

いわば3部構成のアンソロジーで、舞台はフランスの架空の町アンニュイ・シュール・ブラゼ。寂れた町が「無気力のほとりの物憂さ」という名だと聞いてニヤリとするか辟易するかも、本作を楽しめるかどうかの目安になる。

撮影の一部はフランス西部の古都アングレームで行われたが、街中のシーンの多くと屋内のシーンは目を引くアイテムを隅々まで詰め込んだセットで撮影された。

ニューヨーカー誌を思わせるフレンチ・ディスパッチ誌の編集部が入っているオフィスビルは、ジャック・タチ監督・主演のコメディー映画『ぼくの伯父さん』(1958年)に出てくるユロ伯父さんのあばら家そのものだ。

映画の構成も雑誌仕立て

当然ながら、構成も雑誌仕立て。それもフレンチ・ディスパッチ誌の最終号だ。生みの親で編集長のアーサー・ハウィッツァーJr(ビル・マーレー)が仕事中に急死し、遺言により追悼号をもって廃刊されることになったためだ。

まず冒頭のナレーション(アンジェリカ・ヒューストン)で、新聞社の後継ぎであるハウィッツァー青年が米カンザス州リバティーを離れ、ニューヨーカー誌のような「スロージャーナリズム」の雑誌を創刊する経緯が、ジョーク満載で説明される。

編集部の主要人物を一通り紹介した後は、自転車リポーターのアーブサン・サゼラック(オーウェン・ウィルソン)がアンニュイの町を自転車で一巡しながら、町の魅力を怪しげな部分も交えつつ紹介。売春婦と客引き、地下を駆け回るネズミたち、高齢女性を(時にはサゼラックも)脅す不良グループ......。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日・EUなどとの貿易協定「解消」も、関税裁判敗訴な

ビジネス

米経済活動、大半でほぼ変化なし 物価上昇は緩やか=

ビジネス

米7月求人件数、17.6万件減 失業者数が求人数を

ワールド

プーチン氏「良識働けば協議で戦争終結」、 交渉不調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 9
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中