アクの強さと芸術性...鬼才ウェス・アンダーソンが魅せる『フレンチ・ディスパッチ』
Wes Anderson’s Licorice

ハウィッツァー(中央)の急死を受けて、個性派ぞろいの編集部の面々は総力を挙げて追悼号づくりに取り組む SEARCHLIGHT PICTURESーSLATE
<鬼才ウェス・アンダーソンらしさが炸裂する『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は、通好みの一作>
映画監督の中には、ハーブの一種リコリス(カンゾウ)の根を使ったリコリス菓子のように、アクが強くて観客の好き嫌いがはっきり分かれるタイプがいる。現役の監督ではウェス・アンダーソンがその筆頭格だ。
彼の作品がリコリス菓子なら、最新作『フレンチ・ディスパッチ』はさしずめ北欧名物のその塩味バージョン。コアなファンだけに受けそうだ。左右対称の画面構成、凝りに凝ったセットと画面分割、感情を出さないせりふ回しなど、アンダーソンらしさが凝縮されている。
ビル・マーレー、オーウェン・ウィルソンら、アンダーソン作品の常連たちがほぼ総出演。端役もほとんどが映画スターだ。シアーシャ・ローナン、エリザベス・モス、クリストフ・ワルツらのカメオ出演も、今回がアンダーソン作品初出演のティモシー・シャラメ、ベニチオ・デル・トロ、ジェフリー・ライトら主要キャストと並んで必見だ。
いわば3部構成のアンソロジーで、舞台はフランスの架空の町アンニュイ・シュール・ブラゼ。寂れた町が「無気力のほとりの物憂さ」という名だと聞いてニヤリとするか辟易するかも、本作を楽しめるかどうかの目安になる。
撮影の一部はフランス西部の古都アングレームで行われたが、街中のシーンの多くと屋内のシーンは目を引くアイテムを隅々まで詰め込んだセットで撮影された。
ニューヨーカー誌を思わせるフレンチ・ディスパッチ誌の編集部が入っているオフィスビルは、ジャック・タチ監督・主演のコメディー映画『ぼくの伯父さん』(1958年)に出てくるユロ伯父さんのあばら家そのものだ。
映画の構成も雑誌仕立て
当然ながら、構成も雑誌仕立て。それもフレンチ・ディスパッチ誌の最終号だ。生みの親で編集長のアーサー・ハウィッツァーJr(ビル・マーレー)が仕事中に急死し、遺言により追悼号をもって廃刊されることになったためだ。
まず冒頭のナレーション(アンジェリカ・ヒューストン)で、新聞社の後継ぎであるハウィッツァー青年が米カンザス州リバティーを離れ、ニューヨーカー誌のような「スロージャーナリズム」の雑誌を創刊する経緯が、ジョーク満載で説明される。
編集部の主要人物を一通り紹介した後は、自転車リポーターのアーブサン・サゼラック(オーウェン・ウィルソン)がアンニュイの町を自転車で一巡しながら、町の魅力を怪しげな部分も交えつつ紹介。売春婦と客引き、地下を駆け回るネズミたち、高齢女性を(時にはサゼラックも)脅す不良グループ......。