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『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』は何の本か?

2020年8月3日(月)15時55分
樋口耕太郎

最も近い人間関係にある無関心が、多くの人の自尊心を傷つける原因

私が言うのも少し憚られるが、実際、本書に(心から)共感する人の数は本当に、本当に、多い。彼らの心の真実を無視することは簡単だが、だからといって、そこに真実が存在しないということにはならない。多くの人が共感しているという事実は、これまで彼らが自分の心の真実を言葉にすることができずに苦しんできたということでもある。

実際、沖縄社会は(そして日本社会は)、多くの人の心の中の真実に関心を注がない社会だ(無意識だ)。自分が気がつかなかった、自分の心の中の真実が言語化されて届けられることは、自分の心が誰かとつながる感覚に等しい。そのとき、人は、孤独から癒されるのだ。本書が多くの人の心に届いているのは、そういう理由だと思う。決してマーケティングや扇情的なコピーによるものではない。

だから、これも明らかなことだが、この時点で、本書に述べられている私の視点は、すでに私個人の意見を超えているのだ。「私の周りには、樋口が言うような沖縄は存在しない」という意見があることは承知している。それはそれぞれの人たちの主観的事実だと思うが、それは同時に、沖縄で(日本で)、自分を生きられずに苦しんでいる多くの人たちの関心に関心を持たないでいることを、自ら証明しているような気がする。

実際、私が対話してきた無数のウチナーンチュ(そして日本人)は、自分の親友や家族にすら(あるいは、だからこそ)、自分の本心を言えずに苦しんでいる。私の論点は、まさにそのような、最も近い人間関係にある(無意識の)無関心が、多くのウチナーンチュ自身の(そして日本人の)自尊心を傷つける原因であり、貧困を生み出している遠因になっているというものだ。

したがって、この問いに対する私の答えはこうだ。本書は論文ではない。そして、ハード・サイエンスではない、しかし対話と共感によって、真実を科学的に表現している(と私は考えている)。

よく書かれた物語には、データでたどり着けない真実を表現する力があるはず


とはいえ、本書を「科学だ」と捉えることに賛成しない人がたくさん存在することも承知している。だから、(たとえ私が心の中でそう思っていたとしても)その意見に反論するのもやめようと思う。上記と真逆のことを言うようだが、したがって、第三に、本書は科学ではない。

実際、本書の論考において、因果関係の一部は数量的に実証されていない。例えば、自尊心の低さが所得の低さと「相関がある」とまでは言えたとしても、自尊心の低さが所得の低さの原因であることを実証することは難しいし(厳密には多分不可能だ)、個人差も相当大きいはずだ。

そもそも、自尊心をどのように計測するかということも、突き詰めていけば、間接的な状況証拠(テストなど)に頼ることができる、というくらいがせいぜいだ。心理学の論文で提示される「客観的データ」とは、所詮状況証拠を数量化したものに過ぎない。ケン・ウィルバーが言う通り、心の中の真実は、そもそも数量的に実証できないからだ。

だから、本書の本質は、ひとつの視点でウチナーンチュと沖縄社会を(そして日本を)説明する「物語」というべきかもしれない。よく書かれた物語には、データをどれだけ積み上げてもたどり着けない、真実を表現する力がある。だから、人々は長い間、社会の本質や人生の知恵を物語によって伝えてきた。データは時代と価値観によって変化するが、本質的な物語は普遍性を帯びることがあると思うのだ。

そして当然ながら、私の「物語」が沖縄のすべてに当てはまるなどと言うことはない。しかし、その「物語」によって癒される人がいる、それもかなりの人数が存在する、と言うことがはっきりしている限り、本書に一定の価値が存在すると思うのだ。


沖縄から貧困がなくならない本当の理由
 樋口耕太郎 著
 光文社新書

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[筆者]
樋口耕太郎(ひぐち・こうたろう)
1965年生まれ、岩手県盛岡市出身。'89年、筑波大学比較文化学類卒業、野村證券入社。'93年、米国野村證券。'97年、ニューヨーク大学経営学修士課程修了。2001年、不動産トレーディング会社レーサムリサーチへ移籍し金融事業を統括。'04年、沖縄のサンマリーナホテルを取得し、愛を経営理念とする独特の手法で再生。'06年、事業再生を専業とするトリニティ設立、代表取締役社長(現任)。'12年、沖縄大学人文学部国際コミュニケーション学科准教授(現任)。内閣府・沖縄県主催「金融人材育成講座」講師。沖縄経済同友会常任幹事。本書が初の著書。

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