最新記事

ドキュメンタリー

コロナ禍の異常な現実も凌駕する『タイガーキング』の狂気の世界

Crazier Than the World Outside

2020年5月9日(土)15時00分
サム・アダムズ

病的に魅力的な彼は動物という存在によって満たされ、名声、または名声を追い求めることでさらに満たされると気付いた。

「俺はトラを見た」と題されたカントリーソングをレコーディングしたり、動画を配信したり。だが最高に満足感を得られるのは、自身の動物園で観客相手にショーをするときのようだ。アニマル柄のシャツのボタンをへそまで開け、これ見よがしに銃を腰に差して、ジョーはためらうことなく猛獣に接近する。

飼育する動物を虐待しているとか、触れ合い体験には大きくなり過ぎた幼獣を売り飛ばしているという黒い噂もある。しかし目くらましの連続のせいで、どれがほのめかしで、どれが確かな証拠なのかを見極めるのは難しい。

ジョーの天敵、見方によっては真の主人公ともいえるのは、動物保護団体の創設者キャロル・バスキンだ。ジョーから動物園を取り上げようとするバスキンの活動はジョーをさらに極端な行動に駆り立て、バスキンのそっくりさんを雇って、彼女の失踪した元夫の死体と称する肉を飼育するトラに食べさせたりもする。

病みつきにはなるが

エキセントリック過ぎる男なのに、周囲の人間がジョーに尽くす訳を理解するのは難しくない。ある従業員は勤務中に重傷を負うが、動物園の評判が悪くなることを懸念して治療を受けずに済ます。

それでもジョーがバスキンに対してむき出しにする反感は、カメラの前でのポーズの域を超えている。その様子は見苦しく、ジョーを愛すべき変人として描こうとする作品の足を引っ張っている。

『タイガーキング』は間違いなく、病みつきになるドキュメンタリーだ。ただし、動物虐待の生々しいシーンがあることは断っておこう。例えて言えば、自動車事故をスローモーションで見るような場面だが、衝突相手はジェット機で、ジェット機もろとも石油タンカーに突っ込んでいくようなタイプの事故だ。

多くの強迫的行為と同じく、本作にのめり込んだ末に得られるのは満足感より消耗感かもしれない。視聴後に残るのは、あまり健全とは言えないことをしてしまったという漠然とした感覚だ。

だがコロナ禍の今、自宅に籠もりながら正気を保つのに役立つものは何でもありがたい。おまけに口八丁の詐欺師に対する免疫も付くのなら、言うことなしではないか。

©2020 The Slate Group

<2020年5月5日/12日号掲載>

【参考記事】新型コロナ都市封鎖が生み出す、動物たちの新世界
【参考記事】台本なしの自然界をそのまま。アフリカ系女優がナビする動物ドキュメンタリー

20200428issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、予想
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中