最新記事

映画

同性愛「矯正」の恐怖を真正面から見据えた『ある少年の告白』

The Horrors of Gay Conversion Therapy

2019年4月23日(火)15時20分
ジェフリー・ブルーマー

ジャレッド(右)は大学に入り男子学生と恋に落ちる (c) 2018 UNERASED FILM, INC.

<J・エジャートン監督の『ある少年の告白』 意義あるテーマを描いた秀作か、「主張の商品化」か>

映画『ある少年の告白』は明らかにある意図を持って作られており、その意図はいいものに違いない。だから、ちょっと惜しい出来だと言うだけで、辛辣な批判と取る人もいるだろう。

原作は、同性愛者を「矯正する」施設で過ごしたガラルド・コンリーの回顧録だ。アメリカの田舎町で明るい高校生活を送るジャレッド(ルーカス・ヘッジズ)は、本当は男の子が好き。女の子と付き合っても、いざとなると逃げ出してしまう。父(ラッセル・クロウ)は牧師、母(ニコール・キッドマン)は優しい専業主婦だ。

だが、大学進学をきっかけに全てが変わる。ジャレッドは、親しくなった男子学生を本気で好きになる。やがてある暴力的な事件をきっかけに、両親に自らの同性愛を告白。母の運転する車で、同性愛矯正施設に連れていかれる。施設のセラピストに扮するのは、監督・脚本のジョエル・エジャートンだ。

物語はジャレッドの性の目覚め、セラピーの様子、家族のいさかいの記憶などを前後させて描いていくが、気になるのはそれが自然なリズムをつかんでいないこと。重要な意味を持つ、事件の結果も曖昧なままだ。

それでも同じテーマの多くの小説や映画に比べれば、ありきたりな演出を避けている。矯正施設を舞台にしながら80年代の青春映画のようになってしまった『ミスエデュケーション』のような例もある。

『ある少年の告白』では、ジャレッドが出会う入所者たちの痛々しい様子はフラッシュのように現れるだけ。青ざめて凍り付いた表情の少女、いつも泣き出しそうな元フットボール選手、毎日新しいあざができる少年。観客は主人公の経験するままに、施設の様子を経験していく。

これ以上の映画はできるか

施設で行われる肉体的な虐待からも目をそらさない。原作で語られる「葬式」セラピーはさらにエスカレートして、聖書で殴り合う儀式に。セラピーの被害者だけでなく、セラピーは子供のためと信じ切っている人々も重要な存在として描いているのは意義あることだろう。

皮肉な見方をすれば、賞狙いの映画とも言える。オスカー受賞歴のあるキッドマンとクロウをそろえ、主題歌はシガー・ロスのヨンシーとトロイ・シバン(出演もしている)というゲイを公言するミュージシャン2人のコラボ曲だ。

重要な問題だと主張しつつ、賞をいくつかもらおうということか。予告編は「アメリカでは7万7000人が同性愛矯正セラピーを受けている」と説明するが、この「主張の商品化」に気分が悪くなる人もいるだろう。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

再送-〔ロイターネクスト〕米第1四半期GDPは上方

ワールド

中国の対ロ支援、西側諸国との関係閉ざす=NATO事

ビジネス

NY外為市場=ドル、対円以外で下落 第1四半期は低

ビジネス

日本企業の政策保有株「原則ゼロに」、世界の投資家団
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中