最新記事

映画

トム・フォードらしい愛と喪失のドラマ

グッチの元カリスマデザイナーが初監督作『シングルマン』で描く美しき世界

2010年10月22日(金)18時03分
デービッド・アンセン(映画ジャーナリスト)

運命の一日 年下の恋人を失った中年同性愛者をコリン・ファースが繊細に演じる © 2009 Fade to Black Productions, Inc. All Rights Reserved.

 トム・フォードといえば、かつて高級ブランドのグッチを率いたカリスマデザイナー。そんな彼が映画監督としてデビュー作の原作に選んだのは、クリストファー・イシャウッドが1964年に発表した小説『シングルマン』だった。

 ロサンゼルスを舞台に、中年のイギリス人同性愛者の運命的な一日を淡々と描いたこの短編は、当時としては革命的な作品だった。

 主人公のジョージ(コリン・ファースが深い感情を込めて繊細に演じている)は文学を教える大学教授だが、16年間共に暮らした年下の恋人ジム(マシュー・グード)を事故で失い、生きる目的を見失っている。同性愛者がまだ隠れるように生きていた60年代初め、彼はジムの葬式に参列することさえ許されない。

 フォードは原作と同じように内なる心の旅を描き、ジョージの日常の細部に切ない回想シーンを織り込んでいく。

 映画で描かれる一日の中で、ジョージは少数派がさらされる憎悪について講義で熱弁を振るい、気のあるそぶりを見せるスペイン人男娼の誘いを断る。親友のイギリス人シャーロット(ジュリアン・ムーア)と食事を共にした後、ジムと初めて出会った海岸沿いのバーで、若い学生のケニー(『アバウト・ア・ボーイ』のニコラス・ホルト)に付きまとわれる。

 脚本を手掛けたフォードとデービッド・スケアスは、原作にはないサスペンスの要素を加えた。この一日が終わるまでに自殺しようと、ジョージが計画するのだ。

 作品は静謐で官能的な刺激と様式的な優雅さに満ちており、フォードの監督としての確かな力量を示している。そして映像は期待どおり美しい。美し過ぎると言ってもいい。

 フォードの美へのこだわりが邪魔になりかねない面もある。なぜジョージが出会う男性はことごとくモデル並みの美形なのか? ジョージとジムが岩場で日光浴をするモノクロの回想シーンは、昔のカルバン・クラインの広告から抜け出したようだ。60年代前半の見事な家具で飾られたシャーロットの家も、アートディレクター的なこだわりが強過ぎる。

 こうした映像は、イシャウッドの簡潔明瞭で飾らない文体と懸け離れているかもしれない。それでも、この物語の傷ついた心の鼓動と辛辣な知性は失われておらず、内面を雄弁に物語るファースの演技で表現されている。

『シングルマン』は完結した小宇宙の中で、大きなテーマを投げ掛ける。愛と死、そして今この瞬間を生きる難しさと必要性だ。

[2010年9月29日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、米CIAに停戦に向けた対話の用意示唆=報道

ビジネス

ミランFRB理事、年内利下げ継続を主張 「イラン攻

ビジネス

金利据え置きを支持、インフレ見通しはなお強め=米ク

ワールド

イラン作戦必要な限り継続、トランプ氏暗殺計画首謀者
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    「外国人が増え、犯罪は減った」という現実もあるの…
  • 5
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 6
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 7
    戦術は進化しても戦局が動かない地獄──ロシア・ウク…
  • 8
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 9
    イランへの直接攻撃は世界を変えた...秩序が崩壊する…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 10
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中