最新記事

統計

失業率と平均時給が「同時に上昇」──コロナ不況の米労働市場で何が起きていたのか

2021年7月8日(木)12時50分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

この統計の動きには、平均値のトリックが隠されています。分かりやすくするために、労働者がA~Eさんの5人だけしかいない状況で考えてみましょう。平均値は、「データをすべて足したものをデータの個数(=統計学ではサンプルサイズと呼ぶ)で割った値」です。よって、A~Eさんの時給が表5-9の通りとすれば、平均時給は、全員分の時給を足して人数で割れば出てきます。つまり、次の計算により平均時給は2740円であることが分かります。

statistics_2.jpg

それでは、Aさん、Bさんが解雇されて失業中の場合、平均時給はどうなるでしょうか? AさんとBさんはそもそも働いていないので、「労働者の平均時給」の計算からは除外されます。その結果、時給の高いC~Eさんだけで平均を取ることになるので、平均時給は4167円と大幅に上昇します。

statistics5_9.jpg

『数学独習法』(講談社現代新書)260ページより

これと同じことが、2020年4月の米国で起きていました。新型コロナウイルスの急速な感染拡大によって社会活動が大幅に制限されるなか、ホワイトカラーは在宅勤務への移行が進みましたが、接客が必須なレストラン従業員など低賃金の労働者は大量解雇されました。職を失うことで低賃金の労働者が平均値の計算から外れたため、平均時給が伸びたのです。低賃金の労働者がかつてない規模で大量解雇されたことにより、失業率と平均時給の急上昇が同時に起こったのでした。このように、統計学が脳にインストールされていれば、数字の裏に隠れた世の中の動きをとらえることができます。そして、政府やマスコミの出す数字を自ら検証することもできるのです。

平均は本当に"平均的な姿"なのか

ただし、平均値は万能ではないという点も知っておく必要があります。例として、よくニュース等で話題になる労働者の所得について取り上げたいと思います。所得とは、収入から経費を引いた数字(サラリーマンの場合は、みなし経費が"給与所得控除"という名目で引かれる)のことで、つまりは税金を払う前の儲けのことです。単純に考えると、全国民の平均所得が「最も典型的な労働者の所得水準」を表しているような気がしますが、本当にそうでしょうか?

statistics5_10.jpg

『数学独習法』(講談社現代新書)262ページより

図5-10は、日本の労働者の所得分布を表しています。より具体的には、所得を水準によって区切ったときに、それぞれの水準に属する労働者の人数を棒の長さで表したものです。このように、データを区間ごとに区切り、各区間に入るデータの個数を棒の長さで表したグラフをヒストグラムと呼びます。図5-10は日本における所得のヒストグラムです。

ヒストグラムを見ると、年間所得200万円以上~300万円未満が最も人数が多いことが分かります。このように、ヒストグラムにおいて最も頻度が高い区間のことを最頻値(さいひんち)と呼びます。

最も出現頻度が高い値なので最頻値です。つまり、日本の労働者で最も多いのは所得200万円台ということになります。一方、所得の平均値はそれより高い552.3万円となっています。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人

ワールド

プーチン氏、対ウクライナ姿勢変えず 米制裁期限近づ

ワールド

トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命令 メ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 8
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    ニューヨークで「レジオネラ症」の感染が拡大...症状…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 3
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経験豊富なガイドの対応を捉えた映像が話題
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中