最新記事

コミュニケーション

1日30万円稼ぐ「カリスマリンゴ売り」 妻子6人を行商で養う元ジャズピアニストの半生

2021年2月9日(火)14時15分
川内イオ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

リンゴ売りで元ジャズピアニストの片山玲一郎さん。撮影=川内イオ


東京・世田谷にリンゴの「行商」で妻と5人の子どもを養う男性がいる。ムカイ林檎店の片山玲一郎さんの売り上げは1日あたり10~15万円。多い日には30万円にもなるという。リンゴを売って生計を立てる元ジャズピアニストの数奇な半生を、フリーライターの川内イオ氏が描く──。

コンビニの駐車場にて

「今、あの人に声かけてきますね」

そう言うと、片山玲一郎さん(38)は軽やかに歩き出した。片山さんはリンゴの行商を生業にしていて、妻と5人の子どもを養っている。

この日、僕は10時から2時間ほど、片山さんの行商に同行させてもらった。僕から質問や撮影をしながらになるので、片山さんのもとで行商歴9年のマキさんが、サポートについてくれた。

行商とはなにか? 検索してみると、「店を構えず、商品を持って売り歩くこと」(デジタル大辞泉)とある。片山さんの仕事は、まさにそのまま。軽バンに青森県大鰐町(おおわにまち)から仕入れたリンゴとリンゴジュース、リンゴの花から採れたはちみつ、片山さんの妻が手作りしたリンゴジャムとリンゴチップスの計5品を収め、路上や空きスペースに車を止めて、商品を売っている。

当然、疑問が湧いてくる。それってどれだけ稼げるの? 家族7人、ちゃんと暮らせるの?

爽やかな白いシャツにベストを着て、チェックのマフラーを巻き、細身のジーンズにブーツ。身長が高く、スラっとしていて、美容師やカフェの店長のような雰囲気の片山さんが「こんにちは!」と話しかけたのは、コンビニの駐車場で誰かを待っている様子だった、紺色の作業着を着た年配の男性。

いきなりのことに戸惑っているように見えたけど、数十秒後には軽バンのところまで来てリンゴの説明を聞き、その1分後には1キロ550円のリンゴが入った袋を受け取り、戻っていった。

僕は、あまりにスムーズにリンゴが売れる様子に目を疑ったが、これは序章に過ぎなかった。その後の2時間弱で、片山さんとマキさんのコンビは、約2万円の商品を売った。軽バンの助手席でひたすら驚く僕に、片山さんはほほ笑んだ。

「僕は普段、1日10~15万円は売ります。今日は売るぞって決めた時は、30万はいきますよ」

この記事は、行商という昔ながらの商売をしながら大家族でホッコリと暮らす人の紹介ではない。路上でリンゴを売って驚くほどの月収を稼ぎ出す、前代未聞の行商人の物語だ。

世界的奏者の言葉

片山さんは1982年、徳島県徳島市の「飲み屋街のど真ん中」で生まれた。父親はそこでクラシック音楽を流すバーを経営していて、母親はクラシックのピアニスト。片山さんも幼い頃から店に出入りしていて、「親以外の大人の最初の記憶が、店の酔っぱらい」と笑う。

最初に学校に行かなくなったのは、小学5年生の頃。学校で自分のある行動を教師から注意された時に、なぜダメなのかと問うと、「そういう口答えするのがあかん。ダメなものはダメだ」と言われた。悪いことをしたつもりがなかった片山さんは、その日の夜、父親のバーに来ていたお客さんに、学校であったことを話した。

「ダメだという理由を説明しないのは、きっとその人もなぜダメなのかわからないんだ。その先生は、君が自由にふるまうことを恐れてるんじゃないかな。音楽でも、自由にやられると怖い時がある。だけど、もしかしたらすごくいい演奏になるかもしれないから、練習の時はできるだけ自由にやってもらうようにしている」

通訳を介してそう答えてくれたのは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の世界的に著名なフルート奏者ウォルフガング・シュルツさん(2013年没)。当時、父親のバーはクラシック好きには知られた存在で、海外の楽団も四国公演があるとよく訪れたのだ。

シュルツさんと同じように、夜のバーで出会う大人たちは、片山さんの質問に、自分の言葉で答えてくれた。それが嬉しくて、いろいろな話をするようになった。一方で、学校に行くと教師から煙たがられた。間もなく、不登校になった。修学旅行も、卒業式も出なかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、米国産大豆追加購入の可能性低下も 関税違憲判

ビジネス

トランプ関税違憲判決、米エネ企業のコスト軽減 取引

ワールド

米USTR、新たな301条調査開始へ 主要国の大半

ワールド

トランプ氏、10%の代替関税に署名 最高裁の違憲判
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 2
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 3
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由...「落葉帰根」派も「落地生根」派も
  • 4
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 5
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 6
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 7
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 8
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 9
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 10
    ディープフェイクを超えた「AI汚染」の脅威──中国発…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 3
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 4
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 9
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 10
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中