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経済活力

イギリス経済が死ななかった理由

金融危機では壊滅的なダメージを受けたが、対外的にオープンで謙虚な気質が新たな発展の土壌になる

2010年11月10日(水)15時02分
ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン支局)

 ほんの1年前、イギリスは外国の投資家から見捨てられそうになっていた。ジョージ・ソロスと共にクォンタム・ファンドを設立したことで有名なアメリカの大物投資家ジム・ロジャーズは、もうイギリスには投資するなと世界に忠告。通貨ポンドは「おしまいだ」と彼は断言した。

 北海油田は枯渇に向かっているとされ、金融危機によってロンドンの国際金融センターとしての評判は暴落した。ロジャーズたち悲観論者にすれば、イギリスは「売り」としか考えられなかった。

 だが彼らの見方は誤りだったようだ。現実にはイギリスは「おしまい」になどならなかった。格付け会社ムーディーズは9月20日、イギリスは「Aaa」の格付けを当面維持するとの見通しを示した。「活気に満ちた柔軟な経済」というのがムーディーズの評価だ。

 世界経済フォーラム(WEF)が9月9日に発表した世界競争力ランキングでも、イギリスは前年から1つランクアップ。12位につけている。

 EU(欧州連合)の行政執行機関である欧州委員会によると、イギリスの今年の経済成長率は1・7%。フランスを上回り、ユーロ圏の平均値に達するという。今年の第3四半期(7〜9月)に関するOECD(経済協力開発機構)の推定でも、イギリスの成長率は主要先進7カ国のうちで最も高くなりそうだ。

 金融危機以前の13年間にわたって英経済の成長を支え続けた要因の多くは今なお健在だ。

 イギリス経済は開放的で、大陸の欧州諸国より外国の投資家を歓迎する。ヨーロッパに投資先を求めるアメリカの企業や、大陸諸国に足掛かりが欲しいインド企業にとってありがたい国だ。世界銀行によると、ビジネスがやりやすい国・地域のランキングでイギリスは世界5位につけている。

 やや謙虚な国民性もプラスに作用。「ヨーロッパは万能だというような欧州特有の独善的な姿勢がイギリスでは見られない」と、欧州改革センター(ロンドン)のサイモン・ティルフォードは言う。

古臭い人間の国ではない

 とはいえ英経済にも弱点はたくさんある。ムーディーズも英国内に「深刻な諸問題」があると指摘。イギリスでは公共部門も民間部門も支出過多の傾向が強かったが、このスタイルが金融危機によって立ち行かなくなった。

 英政府は第二次大戦後で最大規模の歳出削減策の詳細を10月に発表する予定だ。先進諸国で最大級の財政赤字の解消を目指し、多くの部門の予算が25%削減されるだろう。雇用状況や所得水準への影響を恐れる消費者は財布のひもを締め始めた。先月既に小売業の売り上げが減少。不動産価格も多くの地域で再び下落している。

 ロンドンの金融街シティーの将来は不確実なまま。輸出産業も不振だ。ポンドの相場は過去3年で20%下落したというのに、最新の統計で貿易赤字の3カ月の合計が過去最悪になった。

 とはいえ、イギリスは昔の風刺漫画に描かれたような、変化を嫌う古臭い人間の国ではない。WEFの報告書でも、イギリスは「生産性向上のための最新技術の活用に積極的な革新的な企業」を数多く擁すると指摘されている。

 企業の知的財産権の保護は万全で、司法の独立も堅持されている。企業は柔軟性のある労働法の下で、教育水準の高い従業員を確保している。少なくとも企業にとって幸いなことに、イギリスではドイツやフランスほど従業員の解雇が難しくない。

 人口構造も有利に作用している。フランス、ドイツ、スペインと異なり、イギリスの就労人口は今後40年にわたって増える見込みだ。

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