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原油流出事故

BPが国営石油会社じゃなくて助かった

メキシコ湾の原油流出事故の当事者がもし外国の国営石油会社だったら、話はどれほどややこしく恐ろしくなっていたことか

2010年7月15日(木)17時25分
カイル・トンプソンウェストラ

民営は少数派 採掘権の88%を握るのは世界の国営石油会社(写真は、渤海にある中国海洋石油の海底油田) CDIC-Reuters

 メキシコ湾にあるBPの海底油田から原油が流出する事故が起きて3カ月近くが経つ。アメリカの世論の怒りや責任追求は続き、「特別な関係」だったはずの米英関係にも緊張が漂っている。メキシコ湾の海底油田の操業停止命令は裁判所で覆された。どうしようもない状態だ。

 だがこれでもまだマシと言えるかもしれない。もしBPが国際石油資本(メジャー)でなく国営企業だったらどうなっていたことか。交渉すべき相手は無能なCEO(最高経営責任者)ではなく、保護主義的な首相になるのだ。

 アメリカの周辺海域や世界各地の海では多くの国営石油会社が海底油田の開発を行なっている。次に同じような事故が起きた場合には、経済や環境に大きな打撃を与えるばかりでなく、外交上の危機をももたらすかもしれない。

 民間企業であるBPの事故でさえ、米英関係に緊張をもたらした。バラク・オバマ米大統領はイギリスのメディアや高官から、外国人嫌いだのアメリカ人の反英感情をあおっているだのイギリス叩きをしているだのと非難されてきた。デービッド・キャメロン英首相も、もっとBPの味方になるべきだと批判されている。

 ではもしBPがイギリスの国営企業だったらどうなっていただろう。それはつまり、アメリカの沖合で発生した深刻な原油流出事故の直接的な責任を外国の政府が負っているという事態だ。

 国民感情が絡んだ非難の応酬は今回の10倍もひどいものになっただろう。両国の首脳やエコノミスト、評論家たちは、責任の所在や現状回復のための費用負担、国家の威信、安全保障、経済競争力といったテーマについて延々と議論を続けることになったはずだ。

知名度は高いが規模は小さい欧米メジャー

 それでもまだ、これはバラ色のシナリオと言えるだろう。少なくともイギリスは同盟国だからだ。

 アメリカと同盟関係になく、なおかつ国営の石油会社を抱えている国はたくさんある。代表的な例がベネズエラや中国、イラン、ロシアだ。

 これら産油国は、石油の安定供給を維持して自国内の需要増や石油価格の乱高下から身を守るという観点から、国営石油会社をこれまで以上に重視している。

 実は世界の石油関連企業の多くは国営企業だ。名前が知られているのはエクソンモービルやロイヤル・ダッチ・シェル、BP、シェブロンといった多国籍企業のほうかもしれない。だが世界の石油資源のうち、多国籍企業が採掘権を握っているのは6%に過ぎない。

 石油資源の88%を握るのは国営の石油企業で、既に世界の原油生産量の半分以上を占めている

 今のところ、サウジアラビアのアラムコ、ブラジルのペトロブラス、中国石油化工(シノペック)、メキシコ石油公社(ペメックス)といった国営石油企業の名はあまり知られてはいない。だが石油資源が枯渇して今以上にこうした企業の影響力が強まれば、おのずと知名度も上がることだろう。

 国営石油会社がらみの事故を心配しなければならないのはアメリカだけではない。

 シェブロンは11年にロスネフチ(ロシア政府が大株主)と合弁で、黒海での海底油田開発を始める。黒海にはロシアの他、グルジアやトルコ、ブルガリア、ルーマニア、ウクライナが面しているが、これらの国々の間の関係はあまり良好とは言えない。

 ここでロシアの国営企業が重大な事故を起こし、これまで軽んじてきた沿岸諸国の環境を汚染したらどうなるか。国際関係上の危機の始まりだ。

「火薬庫」南シナ海で事故が起きたら

 トラブルが起こる可能性がさらに高いのは南シナ海だ。ここでは中国国営の中国海洋石油(CNOOC)が油田開発を進めている。

 南シナ海は10もの国々に囲まれた海上輸送の要衝であり、環境的な多様性という点でも重要性は高い。すでに南沙諸島をめぐる領有争いがあるこの海で中国の国営企業が大事故を起こせば、これまでに積み重ねられた外交上の努力も水の泡だ。

 メキシコ湾でも類似の事故が起きる可能性は残っている。ペトロブラスはメキシコ湾で油田開発を進めている。ブラジルは周辺諸国と比較的良好な関係を保っているが、今回と同じ規模の事故が起きれば南北アメリカにおける国際政治の風向きは大きく変わるだろう。

 国際政治を揺り動かすのが海底油田の事故とは限らない。石油のサプライチェーンのどの段階でも事故は起こりうる。

 今年4月には、テキサス州にある石油精製施設(英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルとアラムコの合弁)で死亡事故が起きた。採掘であれ精製であれ輸送であれ、重大な事故が起きれば国際関係を損ねる可能性は否定できないということだ。

 今回のBPの事故の教訓は「これからも事故は起こりうる」ということだろう。この事故を理由に、海底油田の開発をやめた国はない。海底油田の石油生産量は今後5年間で3分の2増加すると見られている国営石油会社各社もほぼ順調に成長を続けると見られている

 再生可能エネルギーの普及は、世界の石油需要を大きく減らすほど急速には進んでいない。残っている石油資源は従来ほど簡単に採掘できる場所にはなく、今後石油会社はさらに危険を伴う方法で資源開発を進めることになるだろう。

 そしてBPの事故を見れば分かるとおり、永遠に危険を回避し続けることなど不可能だ。

The Big Money.com特約)

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