最新記事

電子ブック

話題作が読めないキンドルのジレンマ

新刊のベストセラー大作をデジタル化したくない業界の裏事情

2009年12月22日(火)15時36分
ダニエル・グロス

ビットで読む 電子ブックリーダーは本の未来形と言われるが(写真はアマゾンの「キンドル2」) Mike Segar-Reuters

 仮にアマゾン・ドットコムの電子ブックリーダー「キンドル」や、アップルの「iPhone」といった端末で読める電子書籍が本の未来の姿だとしよう。ならばこの秋、アメリカで話題を呼んでいる2冊の新刊本の電子ブック版がすぐに発売されないのはなぜか。

 8月に他界したエドワード・ケネディ米上院議員の回顧録『トゥルー・コンパス(真実の羅針盤)』は、紙の書籍としては150万部を刷ったというが、電子ブック版はなし。近日発売のサラ・ペイリン前アラスカ州知事の回顧録『ゴーイング・ローグ(ならず者として生きる)』は、やはり初版150万部。電子版が出るのはクリスマスが過ぎてからだ。

 ダン・ブラウンの『失われたシンボル』といった他のベストセラー本は電子版が発売されているのに、これは一体どういうことなのか。答えは本のタイプ、それに電子版とハードカバーの書籍の価格差にある。

 ケネディとペイリンの回顧録はどちらも話題性の高い大作だ。熱烈な支持者への訴求力も強い。結果、これらの本は出版社にとって、業績が伸び悩む従来型の書店を手助けする千載一遇のチャンスになっている。米書店チェーンのボーダーズの今年7〜9月期の既存店売り上げは18%減。バーンズ&ノーブルでも、4〜6月期の既存店の売り上げは6%減だった。

 だから書店にとってこれらの回顧録はまさに天からの贈り物。ハードカバー版しか手に入らないとなればなおさらだ。できるだけ早く欲しい人にとって、電子版が存在しないとなれば、実際に書店に足を運ぶのが次善の策となる。アマゾンのようなオンラインストアで紙の本を買うと、届くまでに2日くらいはかかるからだ。

『ゴーイング・ローグ』をとにかく読みたいというペイリンのファンなら、車を飛ばして書店に急ぐだろう。ついでに保守派の司会者グレン・ベックの最新作にも手を伸ばすかもしれない。ケネディ政権時代を懐かしむ人だって、書店で『トゥルー・コンパス』を買うついでに、併設されたカフェでコーヒーとサンドイッチくらい頼むかもしれない。

 次に問題となるのが価格。出版社と、キンドル向けの電子ブックを売るアマゾンの間で最も利害がぶつかるところだ。

高い本を売ればアマゾンが損をする

 『トゥルー・コンパス』(35ドル)も『ゴーイング・ローグ』(29ドル)も高価な本だ。最近のハードカバー本の相場は20ドル台半ばだが、キンドル向けの電子版のほとんどは9.99ドル。業界関係者の間では、新刊本でもキンドル向けに安価で売られるせいで、そのうち紙の本に高い値段を付けるのが難しくなるのではないかと危惧する声も上がっているという。

 キンドルへの不満、そして話題の本には高い価格を設定したいという思惑もあって、出版社は一部のベストセラー確実な本については電子版の発売を控えている。

 ではアマゾンはなぜ、出版社に対して怒りの声を上げないのか。

 キンドル向けの電子ブックが売れれば売れるほど、アマゾンは損をするのかもしれない。キンドルに関してアマゾンは、昔ながらの「カミソリ本体を格安で売って替え刃で儲ける」というビジネスモデルの逆を行っている。替え刃(この場合はキンドル用書籍)を餌に、消費者にカミソリ本体(高価なキンドル)を買わせようとしているからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ウォルマート、8―10月期は予想上回る 通期見通

ビジネス

米9月雇用11.9万人増で底堅さ示唆、失業率4年ぶ

ビジネス

12月FOMCで利下げ見送りとの観測高まる、9月雇

ビジネス

米国株式市場・序盤=ダウ600ドル高・ナスダック2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中