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「はだかの王様」ドルの勘違い

ゼーリック世銀総裁がアメリカ人のドル過信を一喝。早く治療しないと世界の不信という傷口は広がるばかりだ

2009年9月30日(水)18時23分
デービッド・ロスコフ(カーネギー国際平和財団客員研究員)

ドルは絶対じゃない ゴールドマン出身のゼーリックが言うのだから信じよう(9月28日) Molly Riley-Reuters

 ロバート・ゼーリック世界銀行総裁が9月28日、ワシントンのジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院での講演で「ドルが世界の支配的な準備通貨の地位にあると当然視するのは間違いだ。将来は他の選択肢がますます増えるだろう」と語った。

 彼は重要な任務を果たした。しいて難点を言えば、これでもまだ言い足りないことだろう。

 これまでほとんどのアメリカ人は、ドルに代わる基軸通貨の台頭などという議論は一笑に付してきた。大半のアメリカ人はまず、そんな議論があることさえ知らなかったし、たとえ知っていたとしても、国際通貨システムの仕組みが分かっている者などほとんどいない。

 ヨーロッパやロシアがドルに代わる基軸通貨の必要性を検討し始めたときも、ドルに対するやっかみだとアメリカは真面目に取り合わなかった。ただし中国から同じような案が飛び出したときはちょっと違った。なにしろ中国はアメリカにとって最大の債権者であり、外貨準備高は世界最大、そして人類史上最大だ。それでもアメリカは両耳をふさいで鼻歌を歌い、聞こえないふりをした。

 だから25日に閉幕した20カ国・地域(G20)首脳会議のときと同じように、この話題が持ち上がってもワシントンの政策関係者のほとんどは大した反応を示してこなかった。その多くは、金融界におけるドルの地位は不変だと考えている。昨年来の金融危機で、貪欲さをのぞけば金融の世界で変わらないものなど何もないことが明らかになったにもかかわらず、だ。

反米コミュニストの陰謀ではない

 周囲がそんなだから米財務省も、ドルは基軸通貨であり続けるべきだと軽々しく口にする(ティモシー・ガイトナー財務長官も先週、同様の発言をした)。そして、それが国内で大きな異論を呼ぶことはない。

 だがゼーリックは、フランス産のタバコをふかして何でもアメリカに反対するユーロコミュニストではない。彼は共和党支持者であり、ジョージ・W・ブッシュ前大統領に登用された人物だ。しかも国際金融の世界を牛耳るゴールドマン・サックス出身でもある。

 だからゼーリックがドルの地位を当然視するなと言えば、ワシントンの連中も耳を傾けるだろう。IMF(国際通貨基金)の特別引出権(SDR)であれ、中国の人民元であれ、ドルに代わる基軸通貨を求める声が勢いを増していることに、もっと注意を払うかもしれない。

 ゼーリックの演説は(実は私は予定稿を読んだのだが)彼らしい配慮に満ちていて、G20の重要性の高まりや、新興市場の役割拡大についても触れている。ただしドルに代わる基軸通貨の創設を唱えるところまでは踏み込んでいない。彼の立場を考えれば当然だろう。

 だが我々は世銀総裁ではないのだから遠慮する必要はない。ドルに代わる準備通貨が1つかそれ以上あるほうがいい理由はたくさんある。アメリカはその可能性を真剣に受け止めなければ、今後国際通貨システムをめぐる議論で発言権は減り、受け身な脇役に甘んじることになる。

 第一に、そもそも国際経済の政策や影響を判断するうえで、1つの国にここまで大きな責任や権利が与えられるのはおかしい。そう言うとほとんどアメリカ人は「何が悪いんだ。アメリカでなければ誰にできるんだ。世界一の経済大国のアメリカはその役割にふさわくない、とでも言うのか?」と反論するだろう。

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