最新記事

自動車

ドイツがGMに宣戦布告

独子会社オペルの売却計画を凍結したGMにドイツの政治家や労組が激怒した

2009年8月27日(木)17時33分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

GM憎し オペルの従業員は会社の支配権を目指す(09年5月、ドイツ東部アイゼナハの工場) Tobias Schwarz-Reuters

 米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)に対して、ドイツから猛烈な圧力がかけられている。経営難に陥っているドイツ子会社のオペルをカナダとロシアのコンソーシアムに売却する計画が進んでいたが、8月21日にGMの取締役会で一転して「オペル保持」の方針が打ち出されたからだ。

 オペル売却計画は、ドイツのアンゲラ・メルケル首相が仲介して進めてきたもの。ドイツ自動車業界の強大な労働組合IGメタルを率いるベルトルド・ウーバーは、オペルを売却しなければ、GMはドイツの工場で従業員の「レジスタンス運動」を受けるだろうと警告した。

 ドイツ国内の2万5000人のオペル従業員を代表する労組幹部は「警告弾」として、休暇用ボーナスの大幅削減への合意を撤回。GMは来月、多額の未払い金の支払いを強いられるかもしれない。今週末には、オペル従業員がベルリンのアメリカ大使館前でデモを行う予定もある。

 表面的には、この騒動は20億ドルの公的資金のおかげで何とか存続しているオペルの救済方法をめぐる対立に見える。

 ドイツ人は長年、GMがオペルの経営を過ったと非難してきた。オペルの野暮ったい低価格車は、アウディやメルセデス、BMWを生んだ国で極めて低い評価に甘んじている。ドイツの子供たちは「オペルに乗るのはハナタレ小僧」という意味の歌まで口ずさむほどだ。

 だから、嫌われ者のアメリカの親会社からオペルを切り離すチャンスが浮上すると、ドイツの政治家や評論家はほとんど満場一致で賛成した。

 ドイツ側の計画では、オペルの株式の55%をロシアとカナダの企業連合が計7億ドルで買い取り、35%をGMが引き続き保有。10%をオペル従業員が保有する。従業者の持ち分は個人が直接保有するのではなく、労組の監督下にある別組織に取り置かれる。

経営に革命を起こしたいドイツ

 IGメタルが今まで以上にGMへの攻撃を強めている本当の狙いは、まさにそこにある。売却計画による労組のメリットは、今でも200億ドルは下らないとされるオペルの資産の一部を保有できるというだけではない。

 もっと重要なのは、オペルの新体制が、IGMメタルのもくろむ「革命」の強烈な先例になるということ。IGメタルは、ドイツの大企業の支配権を労働者に渡すという企業統治の大革命を企てている。

 ドイツでは、2000人以上の従業員がいる企業では、監査役会の投票権の半数を従業員代表に与えることが法律で義務付けられている(監査役会は役員を任命し、経営状況を監視し、重要な決定事項の承認を行う)。

 議決が拮抗した場合には、会社の所有者である株主が投票権をもつ。オペルの株式の10%を従業員が保有することになれば、労組の意向を反映した票が上乗せされ、会社は事実上、従業員の管理下に置かれるわけだ。

 IGメタルのウーバーは、経済危機に苦しんでいる他企業にもこのモデルを導入しようと尽力している。労組は賃金凍結などの譲歩をする見返りに株式を受け取り、会社をコントロールできるようになる。

 ドイツでは政治家も評論家も、ドイツ側の要求を受け入れないGMと米政府へのバッシングを続けている。一方、政治への関心が薄いドイツ産業界は、9月末の総選挙への影響を恐れて騒動から一線を引いている。

 今後数週間のデトロイトの判断は、ドイツの経済システムの未来を大きく左右することになりそうだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中