最新記事

アメリカ経済

米景気対策「効果なし」論の勘違い

オバマ政権の景気対策への批判が強まり、「第2弾」を求める声も上がっている。だが政府の景気刺激策が即効性を発揮するほど今回の不況は甘くない

2009年7月13日(月)16時56分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

効果のほどは? インフラ整備事業の建設現場を視察した後で演説するオバマ大統領(2月11日、バージニア州スプリングフィールド) Jim Young-Reuters

 アメリカのオバマ政権が打ち出した総額7870億ドルの景気対策法は、2月の法案成立前から批判を浴びていた。規模が大き過ぎると右派は文句を言い、規模が小さ過ぎると左派は不満を述べた。そして5カ月しか経っていない今、景気対策法は失敗だったと、左右両派から決め付けられている。

 ブッシュ政権で大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長を務めたハーバード大学のグレゴリー・マンキュー教授は、景気対策法が実施されてもオバマ政権が宣伝していたほど失業率が改善していないことを批判する。

 経済情勢が急激に変化しているときに正確な予測を示すよう政府に期待するのは酷だとマンキューは認めつつも、オバマ政権が「国民に率直に真実を語ったとは言えない」と指摘している(もっとも、偉そうなことは言えないはずだ。マンキューが委員長を務めた04年当時に、CEAは雇用情勢について過度に楽観的な見通しを示したと批判されている)。

 一方、左派のエコノミストたちは、「ほら言ったでしょ」とばかりに追加の景気刺激策を要求している。この陣営には、大物投資家のウォーレン・バフェット、ノーベル経済学賞受賞者であるコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授やプリンストン大学のポール・クルーグマン教授といった面々が名を連ねる。

 私は経済学者ではないが、はっきり自信を持って言える。景気対策法を失敗だと決め付けるのは時期尚早だ。

楽観論を振りまいた米政府の罪

 政府は景気後退の深刻さを読み誤っていたと、ジョー・バイデン副大統領は最近述べたが、この見方は正しくない。オバマ政権は公共事業のやり方で失敗したのではなく、人々に過度の期待を抱かせないようにすることに失敗したと言ったほうが的確だ。

 オバマ政権が犯した最大の過ちは、目下の景気後退がすぐに終わる(あるいは、すぐに終わらせることができる)かのような印象を与えたことなのかもしれない。

 今日のアメリカ社会は、金融の面でも社会的な面でも人々の心理の面でも、長期の景気後退局面に耐えられるようにできていない。景気後退が長引いたとき、それを乗り切るための社会のセーフティーネットもなければ、お金の蓄えもない。幸い、今まではその必要がなかった。アメリカが最近経験した2回の景気後退は、いずれもわずか8カ月で終わったからだ。

 しかし金融危機が引き金になって起きる景気後退は、その他の原因による景気後退よりダメージが大きく、脱却するまでに要する期間も長い。今回も例外でなかった。景気対策法が成立した09年2月の時点で、景気後退は過去28年で最長に達していた。7月の時点では、1929年に始まった大恐慌以来最長になっている。景気後退がすぐに終わるなどということはありえない話だった。

 政府が景気後退をすぐに終わらせることができるというのも絵空事にすぎなかった。アメリカ経済の被った打撃はあまりに大きかった。07年末から09年第1四半期にかけて、アメリカ人の純資産総額は12兆ドル以上減った(率にして20%近くの減少だ)。失われた雇用は600万人分を上回った。

 08年第4四半期に、アメリカ経済は年率換算で6.3%のマイナス成長を記録。09年第1四半期も年率にして5.5%のマイナス成長だった。人口と労働者の数が増え続ける中で自己資本に見合わない巨額の借り入れを経済の原動力にしている状況では、6%程度のマイナス成長が数四半期続けば天地がひっくり返りかねない。

 要するにオバマ政権は景気対策法成立前の09年1~2月にかけて、現実離れした楽観論を振りまき過ぎた。言ってみれば、患者が絶命しているのに、軽いけがだと言い続けていたようなものだ(バイデン副大統領によれば現状認識の甘さが原因だったということになるが、私が思うに、政府は人々の心理を冷やさないように明るい見通しを示したのだろう)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独アディダス、中国での収賄疑惑の調査開始=FT

ビジネス

ECB、仏国債の臨時購入を検討せず=政策筋

ワールド

イラン、核開発計画に警告したG7声明を非難

ビジネス

米資産運用バンガード、マスク氏報酬案に賛成 テスラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    FRBの利下げ開始は後ずれしない~円安局面は終焉へ~

  • 3

    顔も服も「若かりし頃のマドンナ」そのもの...マドンナの娘ローデス・レオン、驚きのボディコン姿

  • 4

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 5

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 6

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 7

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 8

    なぜ日本語は漢字を捨てなかったのか?...『万葉集』…

  • 9

    サメに脚をかまれた16歳少年の痛々しい傷跡...素手で…

  • 10

    メーガン妃「ご愛用ブランド」がイギリス王室で愛さ…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 7

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 8

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 9

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 10

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中