最新記事

愛国世論というモンスター

中国vs世界

権益を脅かす者には牙をむく
新・超大国と世界の新しい関係

2010.10.26

ニューストピックス

愛国世論というモンスター

共産党の指導部が右傾化する国民に怯えて情報を隠し続ければ、大きな代償を払う羽目に

2010年10月26日(火)12時04分
ウィリー・ラム(ジャーナリスト)

 日本と中国の対立はひとまず落ち着いたように見える。日本は先月末、逮捕していた中国漁船の船長を処分保留で釈放した。日中間では、双方が領有権を主張する東シナ海の尖閣諸島(中国名・釣魚島)の周辺で起きた漁船衝突事件で日本が中国人船長を逮捕して以来、緊張が高まっていた。

 船長釈放を受けて中国の国営メディアは、日本が屈服したと大々的に報じた。しかし中国が勝者だとはとうてい言い切れない。

 尖閣問題に関する反日デモを抑え込むために中国政府が細心の注意を払ったことで、中国の政治システムの欠陥が浮き彫りになった。中国共産党指導部は、内政と外交の目的を達する上で国内の世論を味方に付けられずにいる。最近、中国指導部は世論を導くどころか、世論に押されて不本意な立場を取らされ、政策の選択肢を狭められている。

 1931年の満州事変の発端となった柳条湖事件の79周年に当たる9月18日、尖閣問題で日本に抗議するために北京や上海、深センなどの都市でデモが行われると、当局はデモ参加者の4倍以上の数の警官隊を動員して厳戒態勢で臨んだ。デモは1時間ほどで解散させられた。

 それに先立つ12日には、ナショナリストの団体が船をチャーターして福建省から尖閣諸島を目指そうとしたのを当局が阻止。その10日後に香港の団体が同様の行動を取ろうとした際も、香港当局によって妨げられた。

 中国政府がこれほどまでに抗議活動を警戒する理由の1つは、過去の経験上、この種の活動の矛先が外交だけでなく国内問題、とりわけ党と政府の腐敗に向けられるケースが多いと分かっているからだ。実際、香港の人権擁護団体「中国人権守護者」によると、有力な人権活動家の許志永(シュイ・チーヨン)と滕彪(トン・ピャオ)を含む少なくとも9人の活動家が身柄を拘束されたり、集会に参加しないよう警告されたりした。

 しかし、共産党指導部が過敏なまでに神経をとがらせている最大の理由はほかにある。それは、領有権問題に関して実質的に何も行動してこなかったと非難されることへの恐れだ。尖閣諸島をめぐる日中の対立は、72年に沖縄がアメリカから日本に返還されたときにさかのぼるが、中国政府は自国領だと主張する以外にほとんど行動を起こしてこなかった。

尖閣棚上げ案もあったが

 この状況は、今後も変わりそうにない。中国が海軍の整備を急速に進めているとはいえ、軍事的解決に乗り出すのは論外にみえる。問題の島々は、日米安保条約の適用対象であり、この点は先頃ヒラリー・クリントン米国務長官もあらためて確認している。

 軍事行動より現実的なのは、当時の中国の最高指導者、トウ小平が打ち出した方針だ。78年に日本を訪れた際、トウは尖閣諸島の領有権問題を棚上げし、天然資源の共同開発を進めることを提案した。
もっとも、この方針は日本が島々を実効支配している現状を追認するものと解釈できるため、中国の国内で大々的に報じられることは決してなかった。学校の教科書にも記されていない。

 なぜ、中国政府はそこまで自国の国民を恐れるのか。

 中国政府が国民に情報を与えずにいわば「ブラックボックス外交」を展開してきたのは、中国共産党の非民主的な性格というだけでなく、アメリカや日本などの外国に対して弱腰だと非難されることを避けるためでもある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、2カ

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中