最新記事

環境版「うま過ぎる話」

温暖化「うま過ぎる話」

エコ助成,排出権,グリーンニューディール
環境問題はなぜ怪しい話や
誤解だらけなのか

2009.11.24

ニューストピックス

環境版「うま過ぎる話」

「環境に優しい経済」が低コストで実現できる? 環境保護派の主張は経済学的にはでたらめだ

2009年11月24日(火)12時14分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

 政治の世界ではただほど魅力的な響きはない。米議会で温暖化対策法案の審議が進むなか、環境保護派はツボを押さえた夢のような予想図を提示した。「実質コストゼロ」で温暖化を克服できると。

 市民団体エンバイロメンタル・ディフェンス(ED)の主張はその典型例だ。「1日(1人当たり)約10セントで気候変動問題を解決し、クリーンなエネルギーの未来に投資し、原油の輸入を数十億ドル減らせます」

 うま過ぎる話に聞こえるのは、実際あり得ない話だからだ。

 世界、そしてアメリカのエネルギー消費の約8割を占めている化石燃料(石油、石炭、天然ガス)は人為的に発生する二酸化炭素(CO2)の最大の排出源。6月26日に米下院が可決した法案では、CO2を主とする温室効果ガスの排出量を05年比で30年までに42%、50年までに83%削減すると定めている。

 世界のエネルギー需給の構造を組み立て直すのは、ほぼ不可能に思える。米エネルギー情報局(EIA)の試算では、30年のアメリカの人口は07年より約25%増えて3億7500万人になり、軽量自動車の数は27%増の2億9400万台になる。経済規模は7割も拡大して20兆ドルに達し、エネルギー需要はますます強くなる。

 EIAは、環境保護や再生可能エネルギー利用の拡大も計算に入れている。07〜30年の間に太陽光発電は18倍、風力発電は6倍になり、新モデルの乗用車や小型トラックの燃費は50%向上する。家電製品の消費電力も少なくなる見込みだ。エネルギー価格の上昇も消費量を抑える要因になるだろう。

 それでも30年のCO2排出量は推定62億トンで、07年から4%増える。太陽光・風力発電は合算しても電力全体の5%にしかならない。増え方は大きくても、もともとの規模が小さいからだ。

食料の純輸入国になる?

 下院の目標を達成するには、排出量を約35億トンに抑えなければならない。保護派は経済学の「一般均衡モデル」を使ったシミュレーションを基にして、低コストで実現可能だと主張している。
 米環境保護局(EPA)の調査では、1世帯当たりの負担は最低年98ドル(政府の補助金で高いエネルギー価格の一部が相殺される前提だ)。1世帯の平均人数が2・5人とすれば、1人1日ざっと11セントの負担になる。

 問題は、この試算が現実離れした前提の上に成り立っていることだ。景気循環はまるで度外視。経済は常に「完全雇用」状態にある。過去の成長率を根拠に将来も堅調な経済成長が続くことを想定しており、大きな変動にも経済はすんなり適応すると見込んでいる。化石燃料が高騰すれば、消費者は速やかに使用量を減らし、新しい「クリーンなエネルギー」がどこからともなく現れる......。

 だが現実はそうはいかない。発電所や工場が排出するCO2を回収して地下に貯留する削減法はコストが未知数だ。この技術が商業化に至らなければ、アメリカの電力の5割を担う石炭火力発電所は温室効果ガスの排出を続ける。もしくは原子力発電所に転換する必要に迫られるだろう。
 原子力発電が倍増しても国民は納得するのか。技術・建設面の問題を期限内にクリアできるのか。電力不足や停電は経済活動を停滞させ、成長を妨げかねない。

 アメリカ経済の化石燃料離れには無数の困難が立ちはだかる。マサチューセッツ工科大学(MIT)の試算によれば、50年の時点で国内の交通に必要なエネルギーを国産のバイオ燃料で賄うためには「現在の総農地面積を超える200万平方キロの農地」が必要だ。アメリカは食料の純輸入国になってしまう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行融資、3月も低調 家計向けは10年ぶり

ビジネス

英アングロ、BHPの買収提案拒否 「事業価値を過小

ビジネス

ドル一時急落、154円後半まで約2円 その後急反発

ビジネス

野村HD、1―3月期純利益は前年比7.7倍 全部門
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中