最新記事

バルカン化する欧州の恐怖

岐路に立つEU

リスボン条約発効、EU大統領誕生で
政治も統合した「欧州国家」に
近づくのか

2009.10.23

ニューストピックス

バルカン化する欧州の恐怖

身勝手な欧米諸国の対応が、コソボやマケドニアの混乱を助長する

2009年10月23日(金)12時49分
デニス・マクシェーン(英労働党下院議員、元欧州担当相)

 バルカン半島を舞台とした悪夢が再びよみがえった。6月15日、コソボは国連から統治権を引き継ぎ、完全な独立を宣言する見通しだ。だが、NATO(北大西洋条約機構)はセルビア系住民が集中するコソボの北部地域に「治外法権」を暗に認めてしまっている。

 3月には北部ミトロビツァでセルビア政府から武器の提供を受けるセルビア系住民と、NATOや国連部隊との間に大規模な衝突が発生。国連部隊の1人が死亡し、多数の負傷者が出た。6月1日に行われた隣国マケドニアの総選挙では、選挙の不正に抗議する政治活動家に警官が発砲し、1人が死亡している。

 こうしたバルカン情勢に対して、欧米はまるで沈黙しているかのようだ。100年以上前、ドイツ帝国の初代宰相ビスマルクは「バルカン地域には、(ドイツ北部の)ポメラニア兵士1人分の命の価値もない」と言って、この地域に関与しなかった。現在のEU(欧州連合)やNATO、国連は意思や指導力がないためか、バルカン問題を見て見ぬふりをしている。ヨーロッパの一員としての未来よりバルカンの過去を重視する、セルビアでの愛国心の高まりも深刻な問題の一つだ。

 NATOは99年にはコソボ問題に介入した。2年後には、国家主義の高まりで生じたアルバニア系住民への敵対感情を懸念し、マケドニアに大規模な介入を断行。その年、NATOのジョージ・ロバートソン事務総長(当時)はEUの担当者とともに何度もマケドニアを訪問した。

 しかし現在、これらの国際機関はコソボを優先課題から除外し、地域の混乱を許している。ミトロビツァで発生した3月の衝突では、フランスから派遣された部隊が鎮圧に失敗。国連とフランス政府が協議する間、手をこまねいて見ていることしかできなかった。

 イギリスは02年、混乱収束を見越してコソボから軍を引き揚げたが、今になってイラク帰りの戦闘部隊を6カ月間コソボに派遣している。それでもセルビアは、イギリス兵がアフガニスタンで不足していることを見抜き、撤退を気長に待っている。

 コソボ問題を主導するEUの対応は、セルビアに対する国際圧力を弱めてもいる。EUはセルビアとの加盟準備交渉で、ボスニア紛争の戦犯で、セルビア人勢力を率い虐殺に関与したとされるラトコ・ムラジッチの国際戦犯法廷への引き渡し要求を取り下げた。

影響力を増すロシアに対抗できず

 さらに、ほとんどのEU諸国がコソボの独立を承認するなか、スペインやギリシャは、ロシアやセルビアと同じ反対派に回った。スペインは中南米諸国に新国家の承認拒否を求め、セルビアによる独立取り消しの動きに加担し、地域の永続的な平和を危うくしている。

 一方、アメリカはマケドニアにNATO加盟の扉を開くと約束したが、現政権が終わりに近づく今、外交的な影響力は限られている。国内に同じ地名をもつギリシャの反発もあり、マケドニアのNATO加盟の夢は絶望的だ。

 バルカン半島で影響力を増しているのは、常々この地域を自国の裏庭と考え、干渉を行ってきたロシアだ。ロシアはこの地に権力を及ぼすことで、国際舞台における自国の復活をアメリカやEUに認めさせようとしている。

 ルーブルが経済を支配しつつあるモンテネグロは、ほとんどロシアの植民地状態だ。ロシアは金とエネルギーをちらつかせて、バルカン全域に影響力を広げつつある。セルビアでもロシア寄りの勢力が拡大し、政府の親EU路線に対抗。国連もマルッティ・アハティサーリ前フィンランド大統領が提示した、少数派の保護を含むコソボの独立計画に対するロシアの拒否を許してしまった。

 バルカン半島は偏狭な国粋主義と規律のない経済、腐敗した政治、犯罪行為といったかつての姿へと逆行している。ビスマルクの時代なら、地域に混乱を招くだけの自業自得とすますこともできたが、現在はこれらの問題がヨーロッパ全体に拡大するおそれもある。EU諸国は、密売人や密輸業者、不正選挙や暴力組織に対する取り締まりをする代わりに、セルビア政府に譲歩し、バルカン半島の悪しき風習を復興させている。

 ブルガリアやキプロス、ギリシャ、スペインは、EUが推進するコソボ独立の承認を拒否。EUとNATOの加盟国は団結するどころか、ヨーロッパ全体の政策より自国の考えや利益を優先し、こぜりあいばかりしている。

 このことは、バルカンのヨーロッパ化ではなく、ヨーロッパのバルカン化という恐怖を私たちにもたらしている。

[2008年6月18日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ブラウン大銃撃、当局が20代の重要参考人拘束

ワールド

中国、「持続可能な」貿易促進 輸出入とも拡大と党幹

ワールド

中国、鉄鋼に輸出規制 1月から許可制に

ワールド

米政権のAI州規制阻止、政治・法律面で執行にハード
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中