最新記事

『オバマを待ちながら』の開演

岐路に立つEU

リスボン条約発効、EU大統領誕生で
政治も統合した「欧州国家」に
近づくのか

2009.10.23

ニューストピックス

『オバマを待ちながら』の開演

問題解決はアメリカ任せ、内輪もめばかりの不条理な現実

2009年10月23日(金)12時47分
デニス・マクシェーン(英労働党下院議員、元欧州担当相)

 ヨーロッパは赤いカーペットを敷いて、いま最も人気のある政治家の来訪を待ち受けている。バラク・オバマ米大統領は4月、就任後初めて大西洋の向こう側のファンと顔を合わせる。まず2日にロンドンで開催される20カ国・地域首脳会議(G20)に出席、その後ドイツ国境に近いフランスのストラスブールで開催されるNATO(北大西洋条約機構)首脳会議に出席する予定だ。

 金融危機、雇用崩壊やイラン核問題、EU(欧州連合)に「分断統治」式の外交ゲームを仕掛けるロシアなどの難題にアメリカがどんな答えを提示してくれるのか。ヨーロッパはかたずをのんで見守っている。今のEUではまさに、戯曲『ゴドーを待ちながら』ならぬ『オバマを待ちながら』という不条理劇が展開しているようだ。

 米大統領としては珍しく、オバマはヨーロッパに関する知識や経験が乏しい。ジョージ・W・ブッシュはEUとの政策協力を進めた元大統領を父にもっていたし、ローズ奨学金を得てオックスフォード大学に留学したビル・クリントンも欧州外交は手慣れたものだった。オバマがEUに何を求め、何を提供するかは未知数だといえる。

 一つだけはっきりしていることは、オバマを出迎えるのは耳障りな不協和音だということ。EU各国の指導者は目下、オバマに提示すべき共通の解決策を探るどころか、互いに文句を言い合うのに忙しい。金融危機が勃発した昨年の秋からほぼ3週間に1回のペースでEUの首脳会議が開かれてきたが、1814年に始まったウィーン会議さながら「会議は踊る、されど進まず」といった状況だ。関心はむしろ支持率かせぎに向いている。

 たとえばニコラ・サルコジ仏大統領。国内でゼネストが実施されて退陣を求める声が高まるなか、急きょテレビに出演してゴードン・ブラウン英首相の政策を激しく批判した。ブラウンの景気刺激策はフランスのエコノミストも高く評価している。しかも、ブラウンは前任者の時代に冷えきった英仏関係を修復しようと努力してきた。にもかかわらず、サルコジはブラウンを非難。このニュースはイギリスでも大々的に報道され、英仏が再び険悪なムードになったことを印象づけた。

 ブラウンと同じ中道左派の政治家であるはずのドイツとオランダの財務相も、ブラウンの経済政策を批判した。ドイツがイギリス以上に大幅なマイナス成長に陥るとの予測に、ブラウンはほくそ笑んだにちがいない。

ビジョンのないEU指導者たち

 このようにEUの指導者たちは横の連携を取ることを忘れ、われ先にオバマと握手しようと、互いの足を引っ張り合っている。

 EU各国の利害が一致しているのはただ一点。アフガニスタンに1万7000人を増派するというオバマの方針に対し、これ以上は戦闘員を送り込めないとする主張だけだ。経済、安全保障、外交のすべてで、欧州各国の足並みがこれほど乱れた時代はめったにない。これではオバマが気の毒だろう。

 昨夏、民主党の予備選に勝利した直後にベルリンで演説を行ったオバマは、かつて「私はベルリン市民だ」と演説したジョン・F・ケネディの再来のように扱われ、20万人の観衆に熱狂的に迎えられた。ヨーロッパの政治家たちは今でも、左派も右派もオバマ人気にあやかろうと躍起になっている。「イエス・ウィ・キャン」のフレーズは欧州各地の選挙戦で必ずと言っていいほど耳にする。

 だが、オバマにいくら人気があっても、そのファン同士がけんかしていたら困る。必要なのは、一致団結したEUという強力な援軍だ。心地よいハーモニーが聞きたいのに、騒々しい怒鳴り合いしか聞こえてこなければ、誰だって耳をふさぎたくなるだろう。

 ヨーロッパはただオバマを待っているだけではだめだ。第二次大戦後、当時のウィンストン・チャーチル英首相は欧州統合の理念を掲げ、70年代にウィリー・ブラント西独首相は東西の緊張緩和に貢献。80年代半ばから90年代半ばにかけて、欧州委員会のジャック・ドロール委員長は欧州統一市場の創出に努め、単一通貨ユーロの導入に道を開いた。

 今のEUの指導者たちは、こうした先達のようにヨーロッパ全体の新たなビジョンを打ち立てようとはせず、国内世論におもねるばかりだ。自分たちで協力して問題解決にあたる努力を放棄しているのに、オバマに期待するのは虫がよすぎる。

[2009年3月11日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国不動産投資、1─8月は前年比12.9%減

ビジネス

中国8月指標、鉱工業生産・小売売上高が減速 予想も

ワールド

米国務副長官、韓国人労働者の移民捜査で遺憾の意表明

ビジネス

中国新築住宅価格、8月も前月比-0.3% 需要低迷
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 8
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中