コラム

実は食糧輸入大国の中国、「退林還耕」で食糧危機に備え始めた

2023年05月21日(日)14時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国

©2023 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<90年代末に森林を保護する環境政策として始まった「退耕還林」。それを習近平が捨てて「退林還耕」に転換した背景には、国際情勢の変化がある>

「福建省のとある村のスイセン畑70畝(ムー)以上が政府の命令で強行破壊され、耕地に改造へ」「成都市政府がかつて341億元で建設した緑地帯10万畝を耕地に改造へ」

最近の中国SNSやネット上でこんなニュースが流れた。習近平(シー・チンピン)国家主席の「1000億斤の食糧生産能力建設」という重要談話をきっかけに、「退林還耕」という政策が始まったらしい。中国通にとって「退耕還林」はよく耳にしていた言葉だが、退林還耕は初耳だっただろう。

退耕還林は洪水や土壌浸食など深刻な環境問題の緩和を目的として、1990年代末に始まった森林保護政策。一方、退林還耕は食糧危機を防止するため、緑地を農地に戻すことだ。

中国は農業大国だが、食糧輸入大国でもある。2021年だけでも、中国の食糧輸入総量は食糧総生産量の20%超に当たる1億6000万トン以上に達する。

西側諸国との関係の悪化や、特にロシアによるウクライナ侵攻や新型コロナウイルス禍は人口大国の中国に強い危機感を与えた。いつの日か起きる台湾武力統一のための準備も、重要な目的と推測されている。

環境保護のための退耕還林から、食糧確保のための退林還耕へ。中国が政策を逆方向に急転換するのは初めてではない。毛沢東の独裁時代から鄧小平の改革開放政策へと、かつて政治は180度転換した。

そして今、再び習近平は政治を180度転換し終身独裁へと舵を切ろうとしている。共通するのは共産党政権を強化するという目的だ。

退耕還林は環境保護が目的だったが、本音としては砂漠化を防止しないと共産党政権、そして中国そのものの基盤が崩れるという危機感があった。

鄧小平が改革開放の時に西側に頭を下げて資本主義の教えを請うたのは、経済発展がないと政権の正統性が失われるからだった。今、習近平が独裁に戻り、退林還耕を始めたのも、共産党政権を守るためでしかない。

鄧小平はかつて「韜光養晦(能ある鷹は爪を隠す)」という言葉を残した。改革開放の鄧小平も独裁の毛沢東・習近平も、共産党指導者の本質は同じ。習近平が退林還耕で食糧を確保した時、中国は「爪」を誰かに突き立てるだろう。

ポイント

新・农业大跃进
新しい農業の大躍進運動

畝、斤
いずれも中国の計量単位。1畝(ムー)は666平方メートルで、バスケットボールコートの3分の2ほどの広さ。1斤は500グラム。

韜光養晦
「才能を隠して、内に力を蓄える」という中国の外交・安保方針。1990年代に鄧小平が語ったとされる。中国は89年の天安門事件で孤立し、「爪」を隠して経済力をつける必要があった。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米債務急増への懸念、金とビットコインの価格押し上げ

ワールド

米、いかなる対イラン作戦にも関与せず 緊張緩和に尽

ワールド

イスラエル巡る調査結果近く公表へ、人権侵害報道受け

ビジネス

利上げの可能性排除せず、経済指標次第=米シカゴ連銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story