コラム

中国ネットが熱狂「チベットの美少年」を演出する国家権力

2020年12月26日(土)14時40分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's Invisible Hand / ©2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<ネット時代の中国では「流量(トラフィック)」が庶民の人生を変えるが、その裏には政府機関の情報操作が>

観光客によって偶然、中国版TikTok「抖音(ドウイン)」に投稿されたわずか数秒の動画で、19歳のチベット族の美少年・丁真(ティンチェン)は一躍時の人になった。無邪気な笑顔でたちまち人々をとりこにしただけでなく、官製メディアから「世界を感動させる中国流量」という賛辞も贈られた。中国語の「流量」はトラフィック、つまり通信回線上で一定時間内にやりとりされるデータ量のことだ。

丁真の一件は四川省出身の人気ビデオブロガー李子柒(リー・ツーチー)を想起させる。李は中国の伝統的な田園生活をテーマにした美しい動画を配信し、一躍超人気ユーチューバーになった女性。「壁越え」によるYouTubeへのアクセスは共産党によって制限されているが、社会主義中国の農村生活を美化した李は、逆に「中華文化を伝える者」と認められた。

ちなみに丁真はチベット族なので、チベットに住んでいるのだろうと中国のネットユーザーは勝手に思い込んでいた。だから、「わが家は四川」という彼の説明を聞いて、みんなびっくりした。丁真の故郷であるカンゼ地区は、かつて清朝のチベット分割によって四川省に属することになった。中国の歴代権力者はチベットを分散管理するため、広大な周縁部を青海・甘粛・四川・雲南など諸省の行政区画に組み込んだ。

丁真に夢中になる中国のネットユーザーは、こういった少数民族の問題には無関心。そして人気急上昇の丁真はわずか数日間で、地元国有企業の正社員になった。人気を利用し、地元の観光業を推進するためだ。

もう1人、四川省出身の女性が丁真とほぼ同時期にネットの有名人になった。コロナ感染が原因だ。感染を知らずいろいろな場所へ行った彼女は、身分証明書の番号から電話番号、家族の名前、住所に至るあらゆる個人情報をネットにさらされ公開謝罪に追い込まれた。しかし、そもそも住民の個人情報を全て把握できるのは政府機関だけ。一体誰が彼女の個人情報を公開したのか......は言うまでもない。

ネット時代の中国では、「流量」が庶民の人生を変える。一晩で人気の頂点に立つこともあるし、逆もまたしかり。その裏には、流量を操る権力と利益の見えざる手がある。

【ポイント】
李子柒

1990年生まれ。小さい頃に両親が離婚。父が早くに死去し、祖父母に育てられる。祖父の死去後、14歳で学校を退学し出稼ぎに。病気の祖母の世話をするため四川省綿陽市に戻り、田舎暮らしを始めた。綿陽市の山中での田園生活の美しさや、伝統的な中国料理の調理風景を撮影した動画をYouTubeなどで配信。チャンネル登録者数は1370万人。

<本誌2020年12月29日・2021年1月5日合併号掲載>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請件数は横ばいの21.3万件、労働

ワールド

トランプ大統領、イラン次期指導者の選出に「関与する

ビジネス

EXCLUSIVE-NATO、集団的自衛権行使の協

ビジネス

米インフレと雇用改善、FRBのリスク見通しを変更も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    「え、履いてない?」モルディブ行きの飛行機で撮影された、パイロットの「まさかの姿」にSNS爆笑
  • 3
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場所にSNS震撼「自国の場所すらわからない」
  • 4
    対イラン攻撃に巻き込まれ、湾岸諸国が存立危機
  • 5
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 6
    「ハリポタ俳優で終わりたくない」...ハリー・メリン…
  • 7
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 8
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「旅客数が多い空港」ランキン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story