コラム

疫病さえプロパガンダに使う中国政府の過ち

2020年03月03日(火)19時20分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's Great Leap Backward / (c) 2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<ある青年は行政窓口に1万元を置いてすぐに去り、87歳の独身老人はコロナ対策に一生の貯金を寄付した......政治的キャンペーンの一環でこんな記事が拡散されている>

イギリスの心理学者リチャード・ワイズマンは2012年、『その科学があなたを変える』という本を出版した。その中に書いた「Positive Energy」という言葉が中国政府のスローガンになるとは、ワイズマンも思わなかっただろう。

中国語訳は「正能量」。ワイズマンは人間が幸せになるためにはポジティブなエネルギーが必要と指摘したが、この言葉は中国政府や官製メディアによって、よくない話や政府の不正などマイナス情報でなく、政府の功績やいい話を強調せよ、というキャンペーンに使われた。今回のコロナウイルスでも、「正能量」を謳歌する記事がウイルスのように拡散している。

例えば「扔下1万元就跑(1万元を置いて消えた)」という記事。湖南省のある青年は行政の窓口を訪問し、1万元(約14万円)を置いてすぐに去った。浙江省のある女性も、福建省のある老人も......。この「1万元を置いてすぐ去った」式の寄付が各地を席巻しているが、ネットでは本当かと疑われている。

次に、甘粛省から湖北省へ派遣される女性看護師が全員丸刈りになったニュースも大きく報道された。国のため、彼女たちは泣きながら美しい髪の毛も犠牲にして勇敢に第一線へ向かった、という大変感動的な「正能量」記事だが、そもそも丸刈りの必要性があるのか、女性の体をプロパガンダの道具に利用したのではないかと、かえって不満と反発を招いた。

人民日報も「87歳の独身老人がコロナウイルス対策に一生の貯金20万元を全部寄付した」という「正能量」記事を大きく報道したが、これには「この老人は今後どうやって生きるのか」「日本の国会議員は自分の歳費から寄付金を出している。中国の人民代表もぜひ学ぼう」という批判・皮肉の声が出た。

これまで中国人は政府が提唱する「正能量」キャンペーンに抵抗がなかったが、今回は反発が多い。新型コロナウイルスの感染拡大は明らかに政府の不作為による人災なのに、いまだに少しも反省の姿勢を見せず、「正能量」を利用して真実を包み隠しているからだ。中国は1950年代末の大躍進運動のときにも「正能量」記事を量産した。どれもでたらめだったが、中国政府が過去に学ばないのはウイルス対策だけではないらしい。

【ポイント】
大躍進運動
毛沢東主義に基づき、1958年夏に始まった急進的な社会主義建設運動。人民公社が組織され、生産目標を高く設定。人民日報などの党機関紙が、運動の成果としてでっち上げた穀物生産量を連日大々的に報道した。地方政府幹部によるつじつま合わせのための虚偽報告も相次ぎ、農村経済が混乱。食糧不足と大飢饉を招いた。

<本誌2020年3月10日号掲載>

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2020年3月10日号(3月3日発売)は「緊急特集:新型肺炎 何を恐れるべきか」特集。中国の教訓と感染症の歴史から学ぶこと――。ノーベル文学賞候補作家・閻連科による特別寄稿「この厄災を『記憶する人』であれ」も収録。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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