コラム

日本の警察から「DV」を学んだ中国人

2018年12月26日(水)18時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

No Country for Women (c)2018 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<多くの伝統文化を失った中国だが、なぜか1000年前から続く「家庭内のいざこざは外に漏らすな」という古臭い考えはいまも残っている>

「交際相手に暴力を振るうと、本当に逮捕されて法的責任を追及されるんだ!」。11月、中国の俳優・蒋勁夫(ジアン・ジンフー)が交際相手の日本人女性に対するドメスティックバイオレンス(DV)で日本警察に逮捕されたニュースが流れたとき、中国人は啞然とした。

蒋は18年4月から日本に留学し、モデルの日本人女性と交際。その後、個人的な理由で女性に何回も暴力を振るった。女性は青あざや擦り傷の写真をSNSにアップした。

初めの頃、女性はヤクザと関わりがあるとか二股だったとか、根拠のない噂が中国のソーシャルメディア上に流れた。それを聞いたファンたちは「よくやった! 蒋勁夫は抗日英雄だ!」と蒋にエールを送った。しかし蒋が出頭して逮捕された後、その声は消えた。その代わりに上がったのが冒頭の驚きの声だ。なるほど、日本では家族や交際相手に暴力を振るうと法的責任を追及されるのだ。中国人の目からうろこが落ちた。

「中国は法治の国だ」と政府は自称しているが、本当は法律不全の国で国民の法律意識も低い。特にDVという家庭内暴力に対して全く法律意識がない。配偶者や交際相手を虐待しても家庭内トラブルと見なされ、警察も介入しない。こんなことで警察を呼ぶだろうかと、被害者すら通報を思い付かない。

これは「家醜不可外揚(家庭内のいざこざは外には漏らさない)」「寧拆十座廟、不毀一婚(10の寺を解体しても、1つの家庭を解体するな)」という1000年前から伝わる保守的な考えゆえ。21世紀に入ってAI革命が始まり、たくさんの文化伝統を失った中国人なのに、こんな古くさい考えだけはなぜか頭の中でイキイキと生きている。本当に不思議。

16年に中華全国婦人連合会はこんなデータを公表した。「全国の家庭の中で30%の女性がDVを受け、7.4秒に1人の割合で女性が夫に暴力を振るわれている。毎年15万7000人の女性が自殺しているが、その原因の60%以上はDV」......。

身震いするデータだ。16年に中国は「中華人民共和国反家庭暴力法」を施行したが、国家の暴力を止められないのに家庭内暴力に対処できるのか、なかなかの疑問である。そもそも人権のない国に女性の権利があるはずもない。

【ポイント】
蒋勁夫

91年湖南省生まれ。上海戯劇学院を卒業後、雑誌のモデルやドラマの準主役を務める。撮影中の事故で長期療養を余儀なくされ、気分転換を兼ねて日本に語学留学していた。

中華人民共和国反家庭暴力法
中国で初めてDVを防止する法律として制定された。心理的虐待を含む家庭内暴力を禁止。非婚カップルも対象だが同性愛カップルは含まれない。

<本誌2018年01月01&08日号掲載>

※2019年1月1/8日号(12月26日発売)は「ISSUES2019」特集。分断の時代に迫る経済危機の足音/2020年にトランプは再選されるのか/危うさを増す習近平と中国経済の綱渡り/金正恩は「第2の鄧小平」を目指す/新元号、消費税......日本は生まれ変わるか/フィンテックとAIの金融革命、ほか。米中対立で不安定化する世界、各国はこう動く。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ナジブ・マレーシア元首相、1MDB汚職事件で全25

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏と28日会談 領土など和

ワールド

ロシア高官、和平案巡り米側と接触 協議継続へ=大統

ワールド

前大統領に懲役10年求刑、非常戒厳後の捜査妨害など
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 8
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story