コラム

自宅に届いた、マイナンバー「カード交付申請のご案内」を熟読する

2015年12月03日(木)16時10分

 その辺りへ議論が及んでいかないからこそ「免許証と変わらないじゃないか」といった認識すら出てくるのだろうが、現時点では本人確認カード程度の意味合いでしかなくとも、2018年をめどに、運転免許証・医療免許・教員免許・学歴証明・健康保険証などとの一体化が構想されているし、医療分野や預金口座との紐付けも進んでいくことになっている。

 この制度拡大について、パンフレットでは極めてシンプルな記載で済ませている。「平成29年1月~ 国の行政機関の間で、情報連携を開始」、「平成29年7月~ 地方公共団体等も含めた、情報連携を開始」とだけ書かれており、詳細は書かれていない。申請した後で、知らぬ間にじわじわ範囲が広がっていくことになる。

 セキュリティ面への不安が高まっているためか、安全面への配慮については丁寧な記載が目立つ。しかし、ICチップには「必要最低限の情報のみ記録」され、「『税関連情報』や『年金関係情報』など、プライバシー性の高い情報は記録されません」との記載には、「現時点では」が足りない。今年6月に日本年金機構の個人情報流出が起きた。この事件の存在が教えてくれたのは、外部の不正利用と同様に、内部の不正利用を防ぐには限界がある、ということ。世のイメージを悪い方向に導かないための応急処置として、改正マイナンバー法では、日本年金機構にはマイナンバーを使わせないという修正が加わったのだから露骨である。

 DV被害に遭うなど、かつての配偶者から逃れるように暮らしている人からしてみれば、このマイナンバーの存在は重い。我が家には、世帯主である私宛の書類に、妻の分の通知カードも同封されてきたが、例えばDV夫から逃げるように暮らしている女性がいた場合、そしてその女性が働いている勤務先からマイナンバーの提示を求められるなど、番号を把握すべき事態が生じた場合、再度連絡をとる必要性が生まれることもあるだろう。あるいは、自分の場所や情報が把握されてしまうのではないかと、身の危険を感じるケースも想定される。

 パンフレットには、枠外に小さく「DV等被害者などの方は、居所の市区町村に来庁して申請を行うことにより、個人番号カードの交付を受けることができます」と書かれているが、本来は通知カード送付の前に、この手の措置を十分に施しておくべきだった。DV被害者を意識して、通知カードの送付前に「居所情報」を登録すれば住民票とは別の住所に送付できる、という措置もとられていたが、この居所登録は、今年8月24日から9月25日までのわずか1カ月間しか受け付けられなかった。

「よりよい暮らしへ」、「『メリット』いっぱい」、「ぜひ申し込んでね」......ポップな言葉が並ぶパンフレット。これから拡大していく利用範囲について、このパンフレットではほとんど触れられていない。憲法13条が保障するプライバシー権を侵害しているとして、一斉提訴も起きている。住基ネットとは違い、マイナンバーは行政だけではなく企業も扱うことになる。送付する時点でこれだけのトラブルが生じているマイナンバー、「とにかくスタートさせてしまえ」との意気込みが何とも危うい。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米関税で見通し引き下げ、基調物価の2%到達も後ずれ

ワールド

パレスチナ支持の学生、米地裁判事が保釈命令 「赤狩

ワールド

イラン、欧州3カ国と2日にローマで会談へ 米との核

ワールド

豪総選挙、与党が政権維持の公算 トランプ政策に懸念
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story