コラム

MITメディアラボ所長「ジョイ」辞任で露呈した競争社会アメリカの暗部

2019年09月18日(水)17時45分

伊藤の下で、メディアラボはこの分野で世界最高の研究機関になったが RUBEN SPRICH-REUTERS

<性犯罪で起訴され自殺した富豪の寄付を受けた、MITメディアラボと伊藤穣一の経済的プレッシャー>

アメリカのエリート大学が評判の急落に直面している。人気女優を含む多数のセレブが子供を世界トップクラスの大学に不正入学させた事件は、名門大学の実力主義の建前に大打撃を与えた。このスキャンダルの傷がまだ癒えないうちに、今度は「汚れた寄付金」問題だ。

特に驚かされるのは、こうしたアメリカの名門大学は学生から1人当たり年間約7万ドルを徴収しているというのに、経営は富裕層からの寄付に依存し切っているという事実だ。ある大学の幹部は先日、「授業料だけでは光熱費を賄うのがやっと」だと私に言った。

大口の寄付は大学の予算だけでなく、志願者集めの決め手となる大学ランキングでいい位置に付けるためにも重要だ。

世界最高の理系大学マサチューセッツ工科大学(MIT)は不正入学問題と無縁だったが、別のスキャンダルの直撃を受けた。同大学のメディアラボが買春目的の未成年人身売買容疑で逮捕され、獄中で自殺した富豪ジェフリー・エプスタインから寄付を受けていたという問題だ。この事件では性犯罪行為のひどさもさることながら、2人の米大統領を含む世界中のセレブに広がるエプスタインの華麗な人脈にも注目が集まった。

エプスタインは有力者との個人的な人脈づくりに加え、一流の組織や機関に近づくのも巧みだった。私は先日、ハーバード大学の卒業生の1人として学長からの電子メールを受け取った。

エプスタインは生物の進化や人間の認知機能など、さまざまな分野の研究に合計650万ドルの寄付を行っていたと知らせる内容だった。

一線を越えた行動の理由

MITの「汚れた寄付」問題はこれより悪質だ。メディアラボはMITで最も有名な研究センターの1つで、世界的に評価の高いスター研究者の「ジョイ」こと伊藤穣一が所長を務めていた。

紛れもない神童であり、文句の付けようがない業績を残してきた伊藤の下で、メディアラボはこの分野で世界最高峰の研究機関となり、伊藤自身もニューヨーク・タイムズ社、マッカーサー財団、ナイト財団といった一流の外部組織の役職に就いた。

だがエプスタインとの金銭的なつながりが発覚すると、MITでのキャリアは終わりを告げた。伊藤はメディアラボ所長を辞任。学外の役職も退いた。

伊藤は2008年3月13日、「自分に注意喚起。ろくでなしに投資したり、そういう相手から金をもらったりしない」と、ツイッターに投稿していた。前途洋々のスター研究者が自身の転落を予言したかのようなツイートだ。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ和平近いとの判断は時期尚早=ロシア大統領

ワールド

香港北部の高層複合アパートで火災、4人死亡 建物内

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し

ビジネス

ドイツの歳出拡大、景気回復の布石に=IMF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story