コラム

第5回国会選挙が、イラク政界にもたらす新しい風

2021年10月20日(水)11時00分

最大の選挙区たる首都バグダードを例にしてみてみよう。マーリキー率いる「法治国家同盟」とアッラーウィ率いる「ワタニーヤ」では、ともに前職議員9人のうち今回の選挙に出馬した者は8人、うち再選されたのは前者が5人、後者が6人だった。両政党ともに、ベテラン候補者に依存しているのである。とはいえ、支配エリートの与党系政党が分が悪いという今回の選挙のムードは、ベテラン議員にも伝わっていたのだろう。法治国家同盟所属議員は多くがそのまま同じ政党から今回も立候補したが、ワタニーヤ出身の留任議員の場合は、なんと全員他の政党に鞍替えしての成功だった。

ベテラン議員を頼みにしていたのに他の新興政党に鞍替えされた、というケースは、中道派のアバーディやアンマール・ハキームが率いる政党で顕著だ。アバーディの「ナスル」連合は、前職議員8人のうち再選を狙った7人の全員が、他政党に鞍替えして立候補した。こうした中道派は、総崩れして新興政党に吸収されたといえる。

政権もメディアも「選挙慣れ」してきている

エリート与党系の支配政治と、野党系のサドル派との中間を行くのが、2014~17年にIS掃討作戦で名を挙げた親イラン勢力による「ファタフ」である。バグダードでは、ファタフ出身のバグダード選挙区議員10人のうち再選を目指したのは3人しかなく、うち留任したのは1人だけだった。ベテランに頼らず新人を立てる、という点では、サドル派に似ている。一方で、彼らの地盤のひとつである南部の大都市を擁するバスラ県ではベテラン議員頼みが強く、前職議員6人のうち5人が再選を目指し、4人が当選している。とはいえ、当選議員の半分が別政党に鞍替えしての立候補だったが。

従来の与党議員として政界で活躍した経験がモノを言わない、むしろ新人のほうが好まれる、という傾向が最もはっきり見て取れるのが、南部で抗議運動が活発なディーカール県だ。サドル派以外の主要政党のほぼすべての前職議員(13人中11人)が再選を目指したが、1人を除いて全員が落選した。ディーカール県は、同地の抗議運動家が結成した「イムティダード(伸展)」が大躍進した選挙区で(同党での当選者9人中5人がここで当選)、その意味でも旧勢力の凋落、新興勢力の台頭をはっきり示した例だといえよう。

選挙の確定結果が出てからの数日、イラクをはじめとするさまざまな中東メディアは、イラク選挙結果分析に忙しい。一党独裁や選挙もないような国も少なくない中東では、いまだ珍しい例であるが、政治家もメディアも、着実に「選挙慣れ」してきていることがよくわかる。反米で暴力的だと、アメリカや国際社会の眉をひそめさせてきたサドル派だが、何回も選挙を繰り返すなかで、確実に「選挙を通じた政治参加」を学んできた。これを「反米だから危険」と危惧するのは、短絡的すぎるだろう。と同時に、今回の選挙結果を「草の根の世論の反映」と同一視するほど、楽観的になることもできない。

選挙政治が円熟するには、時間がかかる。粘り強く、それを見守っていくしかない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ワールド

杉田政務官はLGBT巡る表現撤回、職責果たす能力あ

ビジネス

焦点:景気悪化で中国企業が採用抑制、学生は公務員に

ビジネス

ロイターネクスト:IPO市場は停滞、来年は急回復も

ビジネス

日銀、ETFを701億円購入 6月17日以来5カ月

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:台湾半導体 王国に迫るリスク

2022年12月 6日号(11/29発売)

急成長で世界経済を席巻するTSMC。中国から台湾を守る「シリコンの盾」に黄信号が?

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    「犬は飼い主に忠誠心をもつ」は間違い 研究で判明した「犬が本当に考えていること」

  • 2

    W杯、ホテルは想定外のガラガラ状態 サッカーファンの足もと見たカタールにしっぺ返し

  • 3

    フィギュアファン歴30年の作家も驚く「羽生結弦が見せた神対応」

  • 4

    本当にただの父娘関係? 24歳モデルと父親の写真、距…

  • 5

    ロシアはウクライナでなく日本攻撃を準備していた...…

  • 6

    プーチンの「忠犬」ルカシェンコ、暗殺に怯える日々

  • 7

    「メーガンは正しかった」──英王室幹部が黒人差別で…

  • 8

    プーチン後のロシアは正真正銘の「ギャング国家にな…

  • 9

    【W杯】イラン国民が米国勝利を祝う皮肉、「体制の犬…

  • 10

    日本人が知らない、少年非行が激減しているという事実

  • 1

    ロシアはウクライナでなく日本攻撃を準備していた...FSB内通者のメールを本誌が入手

  • 2

    W杯、ホテルは想定外のガラガラ状態 サッカーファンの足もと見たカタールにしっぺ返し

  • 3

    プーチン「重病説」を再燃させる「最新動画」...脚は震え、姿勢を保つのに苦労

  • 4

    「犬は飼い主に忠誠心をもつ」は間違い 研究で判明し…

  • 5

    カメラが捉えたプーチン「屈辱の50秒」...トルコ大統…

  • 6

    「性的すぎる」広告批判は海外でも...高級ブランドが…

  • 7

    本当にただの父娘関係? 24歳モデルと父親の写真、距…

  • 8

    うつ病とは「心のバッテリー」が上がること...「考え…

  • 9

    「プーチンの犬」メドベージェフ前大統領の転落が止…

  • 10

    父親は「連続殺人鬼」 誰も耳を貸さなかった子供の訴…

  • 1

    セレブたちがハロウィンに見せた本気コスプレ、誰が一番? 「見るに堪えない」「卑猥」と酷評されたのは?

  • 2

    ロシアはウクライナでなく日本攻撃を準備していた...FSB内通者のメールを本誌が入手

  • 3

    血糖値が正常な人は12%だけ。「砂糖よりハチミツが健康」と思っている人が知るべき糖との付き合い方

  • 4

    本当にただの父娘関係? 24歳モデルと父親の写真、距…

  • 5

    W杯、ホテルは想定外のガラガラ状態 サッカーファン…

  • 6

    プーチン「重病説」を再燃させる「最新動画」...脚は…

  • 7

    カメラが捉えたプーチン「屈辱の50秒」...トルコ大統…

  • 8

    「犬は飼い主に忠誠心をもつ」は間違い 研究で判明し…

  • 9

    キャサリン妃に「冷え切った目」で見られ、メーガン…

  • 10

    食後70分以内に散歩、筋トレ、階段の上り下り。血糖…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集
日本再発見 シーズン2
World Voice
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
羽生結弦アマチュア時代全記録
CCCメディアハウス求人情報

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中