コラム

バイデン政権誕生を後押ししたアメリカ人ムスリムの政界進出

2020年12月03日(木)13時30分

それが共和党政権にとっていかに煩わしいことだったかということは、2019年にこの2人がイスラエルに入国を拒否されたときの、トランプの対応からもよくわかる。2人とも、これまで米国内で「イスラエル・ボイコット運動=BDS(Boycott, Divestment, and Sanctions)」を主導してきたことで有名だが、2019年、パレスチナを訪問しようとしていた2人はイスラエル政府から入国を拒否された。このときトランプは、自国議員の移動の権利を擁護するどころか、逆にイスラエルに入国禁止の措置を促したと言われている。トランプは、2人に対して「出身国へ帰れ」といったツイートを行うほどに、「ムスリムで移民出身で女性」の政界進出を嫌っていたのである。

今回の大統領選と同時に実施された連邦議会選挙では、2人は堂々と再選を果たした。そればかりではない。連邦議会選と並行して実施された州議会選挙の結果にも、ムスリムの政界進出という現象をはっきり見て取ることができる。移民系のイスラーム教徒の議員が8人、いずれも民主党から立候補して初当選したのである。うち、フロリダ、コロラド、オクラホマ、デラウェア、ウィスコンシンの五州では、初めてのムスリム議員の誕生を見た。

そして、その多くが改宗したムスリムではなく、移民系のムスリムである。トランプ政権下での反移民の風潮が、逆にそうした層の政治進出を促したともいえるだろう。今回の選挙では、「Emgage」というアメリカ人ムスリムのエンパワメントを推進する団体が中心となって、「100万人のムスリム票を大統領選に」とのキャンペーンが展開された。バイデンも、7月に実施されたアメリカ人ムスリムのサミット会議にメッセージを送り、支持を呼びかけた。

ムスリムの政治進出が、近年のアメリカにおけるムスリム人口の増加を反映していることは、間違いない。2017年に実施されたビュー・リサーチ・センターの調査では、米人口のうちムスリムは1%強であるが、その数は10年前から1.5倍弱に増加している。この勢いで増加すれば、2040年にはユダヤ人人口を超えて米国内でキリスト教に次ぐ第2の宗教人口となるだろう、と同調査は予測している。

声を上げ始めた新世代ムスリム

だが、単なる人口の問題だけではない。アメリカのムスリムにとって、自分たちがより積極的に政治にかかわっていかざるをえない環境が、過去20年間、米国内で続いてきた。2001年、ニューヨークとワシントンでの同時多発テロ事件が発生して以降、アメリカ全土にムスリムに対する偏見、憎悪、いやがらせが広がり、定着した。ムスリムに対するヘイト行為の頻発は言うまでもなく、キリスト教原理主義を掲げる教会でしばしばコーランが焼き捨てられるといった事件は、日常的に発生した。アフリカ系アメリカ人がその差別に反発してBLM運動を展開していったように、アメリカ人ムスリムの間にも、日常的な差別に対する不満が高まっていたのである。

ちなみに、同時多発テロ事件の後、アラブ系アメリカ人の団体が、イスラームの盟主を謳うサウディアラビアに対して、こうした反イスラーム的風潮を払拭するために、ムスリム擁護のためのロビー活動を支援してもらえないか、打診したことがある。アメリカのユダヤ・ロビーがイスラエルからの支援を得て、さまざまな形で米国政治に影響を与えているのだから、同様のことを在米ムスリムに対して海外のムスリム諸国が行ってくれてもよさそうなものではないか、というような意図があったのだろう。だが、サウディアラビアは動かなかった。在米ムスリムは、国外からの支援からは無縁だった。

今回の州議会レベルでのムスリム議員の増加の背景には、「外からの支援に期待できないなら自ら発言していくしかない」という、アメリカ人ムスリムの間での意識の変化があったのだろう。新人議員の多くが、まだ20歳代の若者であることが、そのことを示唆している。ミシガンのアブラハム・アイシュは26歳、デラウェアのマディーナ・ウィルソン・アントンは27歳、ニューヨークのゾフラン・マムダーニは29歳だ(なお、マムダーニの父は「アメリカン・ジハード」(2005年、岩波書店)などの著書をもちコロンビア大学で教鞭をとる、超有名な文化人類学・政治学者である)。彼らは、人生の3分の2以上を、母国の軍がムスリムの国を「対テロ戦争」で攻撃し、白人から「テロリストではないか」と疑いの目を投げかけられるなかで過ごしてきた。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

コロンビア政府への軍事作戦は良い考え=トランプ氏

ワールド

スターマー英首相、短期政権交代は「国益に反する」と

ワールド

ミャンマー総選挙、第1回は国軍系USDPがリード 

ワールド

ウクライナ、年初から連日モスクワ攻撃とロ国防省 首
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...強さを解放する鍵は「緊張」にあった
  • 2
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 3
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 4
    2026年の節目に問う 「めぐみの母がうらやましい」── …
  • 5
    ベネズエラ攻撃、独裁者拘束、同国を「運営」表明...…
  • 6
    野菜売り場は「必ず入り口付近」のスーパーマーケッ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「対テロ」を掲げて「政権転覆」へ?――トランプ介入…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story