コラム

SDR狙いで進む?中国の金融自由化

2015年10月29日(木)17時00分

人民元の対米ドル基準レートの算出方法の変更

 8月11日の人民元対米ドル基準レートの算出方法の変更はSDR採用に向けた制度変更と位置付けられるでしょう。この点を除けば、私は今回の人民元対米ドル基準レートの算出方法の変更は「害多くして利少なし」だと評価しています。

 従来、為替市場のレートと中国人民銀行が発表する中間レートは断絶されていましたが、8月11日以降は前日の終値を参考とすることになり、表面的には為替レートの決定方法の市場化が進展したかのように見えます。しかし、現実的には、当局は為替市場に介入することで市場をコントロールしているので、「管理された」変動相場制という本質は何ら変わりません。

 中国人民銀行は8月11日から3日連続で人民元安誘導を行い、対米ドル中間レートの切り下げ幅は累計4.7%に達しました。8月13日に行われた中国人民銀行の記者会見では、「従来、人民元の中間レートと市場レートには3%程度の乖離があったが、この是正は既に基本的に完了した」とし、当局としてこれ以上の元安は望まない旨を明言しました。9月末時点では切り下げ前と比べて4.0%の元安水準です。人民元切り下げは、実質実効為替レートの調整が目的の一つであったと思われますが、他のアジアの新興国通貨が人民元以上の下落となったことで、同レートの調整は僅かにとどまりました。7月末と9月末との比較では0.9%の元安にすぎません。これでは輸出改善効果は極めて限定的です。

為替介入資金はかつてない規模に

 さらにいえば、景気減速などを背景に元安に振れようとする為替市場に対して、それを抑えたい中国人民銀行は元買い・ドル売り介入でこれに対応しました。為替介入資金はかつてない規模となり、8月、9月の外国為替資金残高の急減につながったことは既に見た通りです。人民元切り下げのコストは極めて大きくなりました。

 それでも表面的であれ、為替レート決定方法の市場化が進んだように見えます。IMFは「人民元の為替レートの決定に市場の力がより大きな役割を果たすようになる一つのステップになると見られる」と歓迎をしています。SDR採用へのアピールとしては成功を収めたことになります。

 人民元のSDR採用を目的に、中国は様々な制度変更を急いでいるように見えます。しかし、多くの場合は「表面的に」という注釈がつきます。自由化・市場化の掛け声とは裏腹に、監督・管理のグリップは緩めない、これが中国の基本路線なのではないでしょうか。言い換えますと、「改革ボーナス」はあまり期待できませんが、「政策による経済・金融へのコントロール機能」は維持されることになります。


プロフィール

齋藤尚登

大和総研主席研究員、経済調査部担当部長。
1968年生まれ。山一証券経済研究所を経て1998年大和総研入社。2003年から2010年まで北京駐在。専門は中国マクロ経済、株式市場制度。近著(いずれも共著)に『中国改革の深化と日本企業の事業展開』(日本貿易振興機構)、『中国資本市場の現状と課題』(資本市場研究会)、『習近平時代の中国人民元がわかる本』(近代セールス社)、『最新 中国金融・資本市場』(金融財政事情研究会)、『これ1冊でわかる世界経済入門』(日経BP社)など。
筆者の大和総研でのレポート・コラム

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