コラム

日本とアメリカの現状否定票、その共通点と相違点

2024年11月27日(水)14時30分

日米の違いということでは、人口構成の違いという点もあります。アメリカの場合は、近年は少し出生率が下がっているものの、90年代から2010年代までは第3次ベービーブームとでも言うべき「毎年一歳刻みで300万人」という分厚い人口の層が存在しています。ミレニアルとか、X、Zと言われる世代は量的には上の世代に十分対抗できるのです。また、若者の雇用は不安定であるものの、DXやグローバリズムの浸透した実力社会を直視して、正しく戦えば少なくとも機会はある社会です。少なくとも世代によって富の偏在、機会の偏在があるというような世代間格差は顕著ではありません。

ですが、日本の場合は、若者と高齢者は全く異なる環境に生きています。偶然高度成長からバブルの時代に生きただけで、現代の若者とは比較にならない生涯賃金を得ている高齢層があり、しかも彼らは人口が巨大なので、若者の側は全く不利な戦いを強いられています。日本の場合は若い世代の現状不満のエネルギーは一旦火が付くと、深く静かに広がっていくかもしれません。

そもそも現状不満における「大義」に違いがあると思います。アメリカの場合は、国としてはグローバリズムに適応して全体が成長しています。付加価値の低い製造業は空洞化させて、その代わり本国は知的産業が中心となって巨大な付加価値を創造しています。そこには格差という副作用があり、またノスタルジックな昔のアメリカが失われたという感傷や、優秀なアジア系移民などへの反感もあります。ですが、全体の方向性は間違っていないので、不満というのは個別の問題なのです。トランプ派という特殊な運動に、そうした個別の不満が感情論を軸に結集しているだけです。


40年に渡って沈み続ける日本経済

ですが、日本の若者の現状不満は全く違うと思います。DXが進まず、学校で習った英語では世界で通用せず、経団連を中心とした多国籍企業はどんどん産業を空洞化させ、国内にはロクな産業は残っていません。そんな中で、大卒5割の国で観光立国などという、異常な政策が進んでいます。そのくせ、残り少ない国富は高齢世代が使い果たそうとしているわけです。

少なくとも、韓国や台湾並みにはグローバリズムに適応して、もっとDXが入って、高齢労働力でなく、若者がもっと成功できるような改革をしてほしい、若者の深層心理にそのような主張があるのなら、そこには正当性があります。外資の改革はスルーするが、国内資本が起業して既得権益と敵対する改革に進むと潰される、そんな中で円はどんどん下がり続けて、留学もできない。世代間ということでは、機会の均等も結果の均等もない。つまり、日本の若者が置かれた現状は、アメリカよりも遥かに劣悪であり、不満を抱くことへの正当性ということでは、明らかに正しさがあると思います。

勿論、一方的で少ない情報に踊らされているような面もあるのは事実です。何よりも、現状否定の衝動は強くても、それを代案へとまとめあげ、戦略戦術を練り上げて過去世代を叩き潰す逞しさも賢さも全く見えてきてはいません。頼りないと言えば全く頼りないのは事実です。ですが、アメリカの現状不満が知的高付加価値社会における「負け犬の遠吠え」であるとすれば、日本の若者の現状不満は、グローバリズムに適応できずに40年にわたって沈み続ける日本の経済社会への異議申立てであるとも言えそうです。仮にそうであるなら、そこには正当性はあり、将来への希望の萌芽は見て取れるように思います。

【関連記事】
アメリカのZ世代はなぜトランプ支持に流れたのか
米大統領選の現実を見よ――その傲慢さゆえ、民主党は敗北した

ニューズウィーク日本版 日本時代劇の挑戦
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月9日号(12月2日発売)は「日本時代劇の挑戦」特集。『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』 ……世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』/岡田准一 ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、英の医薬品関税をゼロに NHS支出増と新薬価格

ビジネス

インタビュー:USスチール、28年実力利益2500

ワールド

ネタニヤフ氏、恩赦要請後初の出廷 大統領「最善の利

ワールド

ロシア安保会議書記、2日に中国外相と会談 軍事協力
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 5
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story