コラム

アメリカのZ世代はなぜトランプ支持に流れたのか

2024年11月13日(水)14時15分

インディアナ州のノートルダム大学でトランプ支持の横断幕を掲げる学生たち(先月5日) Craig Hudson-REUTERS

<生活費、授業料が高騰する中で、学費ローンを抱える学生などに将来不安が拡大している>

21世紀になって成人したミレニアル世代をはじめ、さらにそれより若い世代ではアメリカの場合、政治的にはリベラルが多数派というのが常識でした。ところが、今回の大統領選ではZ世代と言われる29歳以下の層、とりわけ今回が初の大統領選となる18歳から21歳の年代で、多くがトランプに投票しました。

例えば大都市シカゴを中心に州全体にリベラル色が強く、今回も州としてはハリス候補が勝利したイリノイ州の場合もそうです。地元のABC放送によれば、初めて投票した世代ではトランプ票がハリス票を9%も上回っていたというのです。保守州の数字も入ってくる全国レベルになると、NBCによればこの世代におけるトランプ票はハリス票を14%上回っていたという報道もありました。


勝敗を分けた激戦州の中でも最も激しい選挙戦が戦われたペンシルベニア州でも同様の動きが見られました。近年はずっと民主党が優勢だった州中部のセンター郡で共和党が勝利したのです。同郡は、州立ペンシルベニア大学の本部キャンパスが人口の多数を占めているのですが、投票所にはトランプ派の赤い帽子をかぶった学生が行列を作っていたそうです。

これには様々な要因が重なっていると思われますが、まず何と言っても経済の問題があります。大学に進学すると親元を離れて、寮生活に入ることが多いアメリカでは、大学の新入生はいきなり経済的な困難を経験することになります。インフレのため、生活費や家賃は高騰、授業料も高騰する中で、学費ローンを抱える学生には金利高もあって将来への不安が拡大しています。

現状不満のエネルギーは現政権への批判に

さらに言えば、シリコンバレーやウォール街に吹き荒れたリストラの嵐は一巡したものの、新卒採用は依然として厳しい状況にあります。そんな中で、15年前には「占拠デモ」という形で左派の運動になっていった若者の現状不満のエネルギーは、現政権への批判ということからトランプ支持へと流れたと考えられます。

世代の問題も大きいと思います。例えば今の18歳は、2006年生まれだとして、2008年のオバマ当選の熱気だけでなく、その後8年間のオバマ時代のムードは知りません。それどころか、2016年前後のトランプが政界に登場した際のトラブルも知らないのです。そんな中で、2016年や2020年には、トランプ支持者は「小さくなっている」か、あるいは「隠れ」ていたのが、今回は少なくとも若者の間にはタブー感が消えていたようです。

さらに言えば、現在の大学生は多感な時期にコロナ禍の直撃を受けた世代です。中学から高校の時期に部活動を制限され、リアルな世界でのコミュニケーションの経験も奪われたという被害者意識を持っています。その一部が、コロナ対策を否定する保守派の運動や、政権入りが取り沙汰されているロバート・ケネディ・ジュニア氏のようなワクチン陰謀論に吸い寄せられたわけです。

コロナ禍の影響は、学業にも及んでいます。リモート授業でカリキュラムを維持できたのは東部や太平洋岸の一部の学区に過ぎません。それこそペンシルベニア州などは公教育における数学やサイエンスの履修は、1年から2年遅れた状態です。そのまま大学に進学すると、大学の専門課程への接続が難しいことから、大学1年生から2年生にかけては、数学やサイエンスの初歩を詰め込まなくてはならなくなります。場合によっては、留年を余儀なくされるなど困難を抱える層があり、現状への不満が上乗せされている可能性があります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ビットコインが初の10万ドル台、トランプ氏勝利後に

ビジネス

来年の独成長率、0.1%にとどまる見通し 今年-0

ワールド

グアム訪問の台湾総統、全体主義に屈せず 米とは「き

ワールド

メキシコ、最低賃金12%引き上げへ 貧困労働者を支
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない国」はどこ?
  • 4
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 5
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求…
  • 6
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 7
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 8
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 9
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 10
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 4
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story