コラム

米社会の移民「ペット食い」デマ拡散と、分断のメカニズム

2024年10月09日(水)11時40分

共和党のオハイオ州知事もデマの拡散に怒りを表明 Doral Chenoweth/USA TODAY NETWORK/REUTERS

<全くのデタラメであることは問題ではなく、暴言によって移民への敵意を明確にして「敵か味方か」の峻別を図っている>

オハイオ州スプリングフィールド市にハイチから来た不法移民が大量に住みついて、元からいる住民のペットである犬猫を食べている......この話は全くのデタラメであり、オハイオ州のマイク・ドワイン知事(共和党)も困惑とともに怒りを表明しています。具体的には「トランプ候補とバンス候補の支持者だからこそ、悲しい」としながらも、「この種の発言はスプリングフィールドの住民を傷付けている」と明言しています。

ちなみに、この種の発言は8月頃から始まっており、これをバンス氏が取り上げるとトランプ派は様々な「猫のミーム」を拡散していました。トランプが猫たちを守っているというイメージのミームであり、オハイオでのデマをベースにしたものであることは明白です。


何よりもスプリングフィールドに住み着いているハイチ移民は、そのほとんどが合法移民です。どうして集まってきたのかというと、地域の経済再生のために誘致した工場などの労働力が不足していたからです。彼らが流入したことで、その労働力が充足され、地域経済は回り始めていました。

では、どうしてこの種の暴言デマが拡散したのかというと、コミュニティの人種構成が変わってしまったことへの不満感情を利用しようとしたからだと思います。それにしても、ハイチ移民が「ペットを食べている」というのは表現として悪質です。ですが、トランプ派はこの表現を止めようとしません。

テレビ討論でも口にしたトランプ

9月10日のトランプ対ハリスのテレビ討論では、「まさか言わないだろう」と思っていた人が多かったのですがトランプ候補はこの「ペット食い」を口にしていました。一方で、バンス候補はオハイオ州知事などの抗議を受けて、事実に反することは認めたものの「猫のミーム」は使い続けるとしていました。

この暴言デマが問題になってほぼ2カ月が経過していますが、その後も、お得意の「ラリー型式の演説集会」でトランプ候補はこの「ペット食い」を口にし続けています。

では、どうしてここまで「おぞましい」暴言デマをトランプ陣営は止めないのかというと、おそらく以下の4点が指摘できると思います。

1つ目は敵意の比喩ということです。「ペット食い」というのは「実際に起きたこと」ではないかもしれないが、そのぐらい「移民により人種構成が変わることへの怒り」がある、まずそのような「移民への敵意」があるのだと思います。また、移民を肯定する「多様化賛成派」に対する「敵意」も伴っています。激しい「敵意」を表現するにはこのように事実を無視した暴言の「激しさ」で表現するのが一番伝わると考えているのだと思います。

2つ目はブラックユーモアということです。子どもが「いじめ」を行う際にも見られることですが、事実ではない誇張表現にブラックなユーモアを混ぜることで、敵意を効果的に繰り出すわけです。信じられないことですが、それで「楽しくて」やっているのだと考えられます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story